六章

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思考が完全に停止した後、何とか紡ぎ出した言葉はどっちなのかわからないものだった。 ただ、彼女の反応を見るにその質問は思考を停止させるには十分だったようで、つまりは“いる”という事なんだろう。今までも同じような反応を見ているし、分かりきっていることではあったのに。 「関係あると言えばあるんだけど」 「…え、」 物品庫には人は滅多に来ない。飛鳥を追い詰めるように距離を縮めた。 飛鳥は、滑らかな頬を引き攣らせて後ずさる。 「戻らないと、」 「じゃあ、教えてよ。好きな人いるんだ?」 「…」 コツン、と彼女の体が文具やコピー用紙が置かれた棚にぶつかる。 行き止まりだということは彼女だってわかっているはずだ。それなのに俺から逃れようと背を反らせる。 「い…る。だから離れて」 「へぇ、そうなんだ?それで、今日雰囲気が違うのもそのせい?」 「…っ」 顔が真っ赤だった。耳まで赤い彼女の無垢な部分が扇情的に俺の目に映る。 「そうだよっ…ダメなの?だって、仕方がないじゃん…っ、そういうことなんだよ、恋って…ひゃっ…っ」 ―仕方がない それはそうかもしれない。人を好きになるのに理由なんかない。 朝倉さんは常にスマートで引いたり押したり…が上手い。恋愛に関してもずっと大人だろう。 じゃあ、俺はどうなのだと問われれば、逆だと思う。 常に受け身で、恋とか愛とかくだらないと思っていたからどうでもよかった。 そのせいで、今目の前にいる一人の女性を手に入れる方法すら浮かばない。 ただ、一つわかることは…、飛鳥が必死になって恋しているこの顔を見られるのは俺じゃなきゃ嫌だという事だ。 理性など既に吹っ飛んでいた俺は彼女の肩を掴み、キスをしていた。 抵抗してくれればいいのに、どうしてか彼女は諦めたように腕を重力に従うように落とした。
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