六章

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会社を出てすぐにポケットにあるスマートフォンが鳴った。 「もしもし、飛鳥?」 「椎名君?えっと駅改札抜けたところなんだけど」 「了解、今行く」 まるで彼氏彼女の会話じゃないか、と心の中で突っ込みつつも、そんな関係には程遠いことを理解しているから電話を終えてすぐに長い溜息を溢していた。 早歩きで駅まで向かった。 改札を抜けて、地下鉄構内で彼女を発見した。何やら大きな荷物を持っていた。 「お疲れ」 「あ、お疲れさま。誰もいないよね?」 「いたっていいじゃん」 「ダメだよ…変な噂が広がるのは困るし」 朝倉さんに伝わってしまうのが嫌なのかと思うとイラっとしたがそれを彼女に伝えたところで鈍感な飛鳥はどうせ理解できない。 ちょうど電車が来たので二人で乗り込んだ。 「その荷物なに?」 「何って…泊まるから…その、着替えとか」 「…あぁ、確かに」 喋りながら顔が赤くなっていることを彼女は知っているのだろうか。 「どうする?夕飯」 「じゃあ…私が作るよ。何食べたい?」 「いいの?」 どうして俺が驚いているのか理解できていないようだ。当然のように言った彼女が本当に男に慣れていないことを改めて思い知る。 「他の男にはそういうこと、言わないように」 言わないよ、とこれまた当然のように言った彼女から目を逸らしたくなる。 (なんでそんな可愛いこというかな…) 「はぁ、」 「どうしたの?」 「いや。なんでもない。とりあえず、うちの近くのスーパーで買い物しよう」 飛鳥は嬉しそうに笑った。
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