七章

8/16
前へ
/214ページ
次へ
しまった、と思ったけど一度発した言葉を戻すことは出来ない。 「彼氏?」 「いや…あの、ほら!カップル多いから…今日」 「そりゃそうだろ、水族館なんてデートスポットだし」 「うん…そうだね」 「彼氏欲しいの?」 「…」 何と答えるのが“正解”だろう。無言の時間が続けば続くほどに肯定していることにならないだろうか。肯定したところで、そのあと私は何というべきなのだろうか。 まさか、あなたが好きなので彼女にしてください、なんて言えるわけがない。 「欲しい…というか、」 「じゃあ、付き合ってほしいんだけど」 「へ…?」 しかし、私が答える前に椎名君から予想外のセリフが飛び出した。 口をあんぐりとさせ、目をしばたたく。 (付き合ってほしい?どうして?付き合うって何だっけ?) 困惑する私をよそに彼は続けた。 その顔は特に動揺することもなく、淡々と喋っている。だからこそ、そのワードがどうしても私の認識している“付き合う”という意味とイコールにならない。 「彼氏欲しいなら俺と付き合うのも選択肢に入っていいんじゃないの?」 「…あ、うん。そう、だね」 「それってオッケーってこと?」 「つ…付き合うって何だっけ?」 「付き合うって彼氏彼女になるってことじゃないの?」 「あー、うん。そうだよね。うん…付き合いたい…かも、しれない」 「…」 無理に笑って見せるが、上手く笑えているとは思えない。頬の筋肉がぴくぴくと動いているのがわかる。 椎名君は私の目の奥を覗き込むように見下ろす。 「彼女になってほしい。朝倉さんの、ではなく」 「っ…」 真剣な双眸に見つめられると眩暈がした。どうして朝倉さんの名前が出たのか分からないが”彼女になってほしい”という言葉に心が浮ついた。
/214ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10649人が本棚に入れています
本棚に追加