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リモートに切り替わって能率が上がって仕事が捗るようになったのに緊急事態宣言が解除されると、出社を命ぜられる。そして第六波が襲来したというのに緊急事態宣言が発令されていないという事で仕事始めの日も出社となった。仕事でも何でも物事は皆、集まって協力してやるのが良い。或いは皆の前で直接威張り散らしたいと上司は思っている。それに対し社畜たちは上司の思うままになる。新島も例に漏れず命令通り出勤し、会社への道を歩いていた。すると、背後からいやに重みのあるしゃがれた声が聞こえて来た。
「おい、そっちへ行ったらいかん」
新島は立ち止まって振り向くと、ホームレスでもこんな酷い格好はしていないだろうと思われる程、ぼろぼろの服を着、霜髪と白髭をボーボーに生やした皺くちゃ顔の老人が立っていた。それは一風変わったという形容では生温く、もし仙境というものがあるならば、そこからやって来たといった風貌だった。
「そっちへ行くと、悪魔に憑かれるぞ」
「何言ってるんだ、お前、キ印か」
「悪魔が空中に浮遊しておるのだ」
「はっはっは!キ印が!こんなの相手にしてる場合じゃない。遅刻する」と新島は踵を返して会社へと向かった。
「新年あけましておめでとうございます」
会社の近くで同僚に会うと、新年の挨拶をする。
密を避けなければいけないのに、ワクチンを2回以上打っても感染するリスクが高いのに朝礼の時間になると、社員が一所に集まって社長が年頭の挨拶をした。その中で、「わしはワクチンを2回打って神田大明神で柏手を2回打って商売繁盛と無病息災を祈願したからもう大丈夫じゃ!」と天然のバカぶりを発揮し、社畜たちも社長!私も社長と同じことをしましたから大丈夫です!とこんな調子だ。
デスクワークの時もそうだが、飛沫感染防止用の透明パーテーションを介しての昼食の時、皆、食堂に集まって空気感染するとも知らずに食事を取る。
「年末にバニーのコスチュームに身を包んだ女の子ばかりのガールズバーに行って大いに破目外してさあ、お尻もおっぱいも触らせてもらったよ」と新島。
「ほんとかよ。何で誘ってくれなかったんだ」と向かいの男性社員。
「おっぱいパブじゃあるまいし、嘘だよ~ん」
「何だよ。この野郎!」
「ハッハッハ!」と如何にもくだらなく大笑いする新島。飛沫をどれだけ防げてんだか怪しいものだ。
翌朝、新島は高熱に魘されながら会社への道を歩いていた。すると、背後からまた例の声が聞こえて来た。
「おい、だから言わんこっちゃない」
新島は立ち止まって振り向くと、昨日の老人が立っていた。
「やはり悪魔に取りつかれたな」
「また何言ってる」
「悪いことは言わん。俺に任せろ」
「何を?」と新島が聞くと、老人は首にかけていた十字架のペンダントを外して十字架で三度十字に切った。すると、新島は体温が下がって行って正常値に戻った。
「あれ、風邪が治ったみたい」
「お前に取りついていた悪魔が死んだのだ」
「えっ」
「俺が今、殺してやったんだ」
「はぁ?ハハ、何のことやら」
「俺には見えるのだ」
「何が?」
「お前らの言うコロナウィルスが」
「ハッハッハ!戯言抜かすな」
「戯言ではない」
「もうどうでもいい。お前なんか相手にしない」と新島はぷいと踵を返し、会社へと向かった。
「折角、助けてやったのに恩知らずの罰当たりめ。態々悪魔の巣食う会社とやらへ行きおったわい」
何を隠そうこの老人は精進に精進を重ね、将又、苦行に苦行を重ねた上、櫛風沐雨を乗り越え、将又、艱難辛苦を乗り越え、営々刻苦した結果、エスパーを身に付けた聖職者であったのだ。
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