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 坂東瑠璃香と僕は同じ地元ではあったが、中学の頃に同じ剣道部になったことで顔見知りの関係になった。初めは挨拶を交わす程度の関係だったが、僕が学校のバッグにつけていたアニメのキャラクターに興味を持った瑠璃香が僕に話しかけてきたことをきっかけに、僕たちは意気投合して友人関係に昇格した。 「また、掌にまめが出来ちゃったよ」  瑠璃香が掌を見て顔をしかめた。 「僕もだよ。おまけに道枝先輩に竹刀で叩かれた腰の傷が痛くて。参っちゃうよ」 「わかる。道枝先輩って容赦ないもんね。わたしもこの間、腕に傷が出来 ちゃったんだ。いまだに痛いんだよ」 「それは悲惨だったね」  剣道部には他にも数人の生徒がいたはずだった。僕はその誰とでも隔てなく関わり、部活が終わったあとでそれなりの付き合いをしていたと思う。遊びに誘われることがあれば断らずに行ったし、部活終わりに一緒に軽食を食べることもあった。部活動も切磋琢磨しながら一生懸命稽古に励んできた。中学生ながら、僕は友人たちとそれなりの青春をしてきたと思っている。  しかし、そのどんな記憶も滲んでぼやけてしまうほど、瑠璃香と一緒に過ごした些細な時間は愛おしく、何物にも変え難い幸福の産物になっていた。 「スカートってさ、意味もなくヒラヒラするから嫌なんだよね。おまけに風通り過ぎて寒いし。わたし、翔くんみたいなズボンがよかったな」 「たしかに。女の子がみんなスカートを履かないといけないのは、おかしいよね」 「ほんと、おかしいよ。翔くんはわたしの理解者だ」  そう言って、瑠璃香は男らしく親指を立ててグッドサインをしてくれた。これは瑠璃香の癖でもあった。 「あ、ありがとう」  やんわりとした感覚だが、僕は瑠璃香に話しかけられた頃から彼女に恋をしていたのだと思う。それからは、僕からも積極的に話しかけていたし、常に瑠 璃香のことを意識し続けていたのだ。  瑠璃香は基本穏やかな性格で、荒波を立たせることが嫌いな、いわば平和主義な人間だった。僕と似たようなところがあり、誰とでもフレンドリーに関わりを持つことができる。ただ、これは僕もそうだったが、特定の人間以外とは深く関わりを持たない人間だった。だからか、お互い親友と呼べる友達は存在しなかった。 「わたしは、本当に気の許せる人としか本音で話さないし、優しそうに見えて実は意外とあっさりしたところがあるんだ。でも、尖っているよりも丸い方が傷つかない。それに、人間は深く関わるほどお互いが主張しちゃって、結局嫌いって感情が生まれる可能性だってある。だから、わたしは同じような価値観の人にしか素顔を見せない。こんな話だって、翔くんにしかしないから」  このときからだったと思う。僕の心の中で瑠璃香の位置付けが天を突き抜けて、僕にとって大切な人と認定されたのだ。瑠璃香の言葉をダイレクトに浴びた僕は、中学生ながら嬉しさに溺れて、その夜は瑠璃香を思って自慰行為までした。  瑠璃香は顔が可愛かったから、僕の他にも彼女を狙っている輩がチラホラいたことは知っている。剣道部にいた竹下くんは、一年生の夏休みにわざわざ瑠璃香を体育館裏に呼び出し、「好きです」と告白をしたらしい。現代では珍しい直筆のラブレターに想いを乗せて、おまけにアカペラで自作のラブソングまで歌った話を聞いたときは、さすがに笑いを堪えることができなかった。 「竹下くん、気持ちは嬉しいんだけど、肝心の歌が音痴だったから振ったんだ。もっと美声だったら少しは考えたんだけど」 「そっか。それにしても竹下のやつ、すごい度胸だな。感心するよ」 「本当は傷つけたくないから、振ったりするのは嫌なんだけどさ。こればっかりはしょうがない」 「うん、そうだね」  瑠璃香はこの話の最後に「彼氏、ねえ」と俯くように言った。  
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