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王は美しい物が好きだった。
東西から集めた絵画や彫刻であふれた天井の高い部屋で、王は一日の大半を過ごしていた。
長い髭を床に垂らし、恍惚として美術品を眺めている痩せた姿は、王というより美学者のようだった。
あるとき、ひとりの少年が異国から引かれてきた。
城の奴隷にされるのである。
少年は黒髪で細くしなやかな手足をもち、陶器のように滑らかな肌をしていた。
「あの者をこれへ」
一目見て王はすぐに侍従に命じた。
少年のたぐいまれな美しさは、王によろこびを与え、心を満足させた。
しかし、月日がたちやがて少年の背が伸び始めると、王は少年が歳をとることをおそれた。
「わしの愛するものがなくなってしまう」
王は博士たちを招び、語らって、少年をミイラにすることを決めた。
残酷なことである、しかし、
「殺してしまうがしかたもない。そうすれば今の美しい姿のままにすることができるのだから」
王は少年を閉じ込めてある塔に登った。
おのれの運命をきかされた少年はガタガタとふるえた。
それでも王はかまわず、少年の美しい肌に皺の深い骨の浮いた顔を近づけて、瑞々しい黒髪を、ほそい手足を、飽くことなく愛でてた。
「おまえはわしのものになるのだ。永遠にわしのものじゃ」
ところが、その翌日の朝に、少年は姿を消してしまった。
死に物狂いで逃げ出したらしく、壁に繋がれていた足かせに血がこびりつき、鉄格子の窓も破られていた。そして、王が与えたきらびやかな衣装や宝石は、無残に石の床に散らばっていた。
ミイラにされると聞かされたら、誰だって命がけで逃げ出すだろう。
しかし、王は激怒した。すぐに追手を放ち、かならず少年を連れ戻せと厳命した。
「わしの大事な物を、あやつは奪って行った!」
王は少年を惜しんだのではない。その黒髪となめらかな肌を惜しんだ。
少年が見つからないまま、王は失意のあまり床に就いてしまった。食は喉を通らず髪もひげも白く変わった。
うす暗い寝室には、彫像や絵画や宝石の飾り物。あらゆる美しい物たちが日に日に衰えていく王を見下ろしていた。
冬が過ぎたある春の日、王は夢のなかで城の庭に立つ少年を見た。長いまつ毛の透き通るような肌の少年は、王が知っているかつての少年よりもさらに美しかった。少年は微笑み、その唇は王を呼ぶようだった。
王は喜び、白い絹のローブのまま飛び出した。城の庭は春の明るい日差しに満ちていた。木々に花が咲き、大きな噴水が広い幕をひろげていた。少年を求めて出てきた王は、その水に映った自分の姿におどろいた。
「これはどうしたことじゃ」
白いひげ、白い絹のローブ。かがやく陽光を浴びる姿は、風になびく光の精のように噴水の幕に映っている。
王は歓喜した。
「わしは生涯をかけて美を求めてきた。わしに無いものを、美しいものを。だが今、わしは自分自身が美そのものになったようじゃ」
しかし、目に涙さえにじんだ瞬間、一本の矢が心臓をつらぬいた。
「たしかに仕留めたぞ!」
「さっそく台所へもって行こう」
城の守衛が二人、喜び勇んで渡り廊下の向こうから走って来ていた。王は迷い込んだ白鳥とまちがわれたのである。
王は息絶える間際、皺に沈んだ目をひらいて、少年さがした。が、どこにもその姿をみつけられなかった。
みずからを美の化身とおもいながら命を落としたのである。王にとってそれはしあわせなことだったかもしれない。
だが、やはり、美とはたぶん遠くかけはなれた赤い血が、いやおうなく王の下の地面に広がりはじめていた。
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