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【もや恋2】彼が「女の親友」の家にお泊り。許せる?
彼のことは大好きだ。しかし、ひとつだけ気になるのが、彼の「女性関係」である。と言っても、浮気をしているという意味ではない。実は彼には、私より仲のいい「女の親友」がいるのだ。
彼の親友である久本さやかさんは、彼とは高校のころから同級生グループで遊んでいた仲間で、同じ大学に進学してサークルも一緒だったという、本人たちにとっては「腐れ縁」なんだそうだ。
男女の友情は、人によって「ある」と「ない」にはっきり分かれると思う。私と彼はどちらも「ある派」で、お互い共学育ちということもあって、異性の友人が多い。男女混合で飲み会なんて普通だし、たまには会社の同僚とサシ飲みすることだってある。彼氏がいるのは公言しているし、うるさく相手を束縛しなくても、自由にやればいいと思っている。
「だからって、一人暮らしの女の家に泊まるって、どうなんだろうね」
彼はいま、私の部屋で取り調べを受けている。先週の飲み会の後、久本さんのマンションに泊まったことが発覚したからである。答えによっては別れる場面かなと、三割くらいは覚悟していたが、彼がふてぶてしく開き直ったので、いっきに五割までお別れメーターが上昇した。
「終電逃したんだから、仕方ないだろ。昔からさやかとは何度もザコ寝してるし、男とか女とか、そんなんじゃないって」
「ふーん、じゃあ私がここに男の友達を泊めてもいいんだね」
「……」
ほらみろ、言い返せないだろ。「俺は良くてお前はダメ」なんて理屈は通用しないんだからね。恋人がいるなら、自由の中にも線引きは必要なんだよ。しかし、彼は黙ったまま、憮然としている。謝る気も反省する気もないんだろう。私はさらに追い込んだ。
「久本さん、彼氏いるって言ってたよね。男友達が彼女の部屋に泊まること、納得してるのかな。もしそうじゃないなら、まずいんじゃないの」
彼は、やはり何も答えない。お別れメーターが六割のラインを超えた。そろそろ考え直した方がいいのかもしれない。今までごまかし続けてきたが、それではお互いのためにならないと身にしみてわかった。
彼と付き合い出したのは、一昨年の夏。会社から送り込まれたクレーム対応の研修で、同じ班になったことがきっかけだった。お互い一年目の新人だったこともあり、意気投合して連絡先を交換。その翌日にデートに誘われた。
明るくて話題が豊富な彼に、私もすぐに好意を持つようになり、2回目のデートで目出たくカップルに。そして、3回目のデートで仲良しグループの飲み会に連れていかれた。その時は「彼女として友人たちに認めてもらえるのね」なんて、甘い恋愛初期ブーストに浮かれていたのだ。
しかしそれは、これから起こる忍耐への洗礼だった。その席で私は初めて久本さんと会った。最初の印象は、快活そうな姐御タイプ。さっぱりして感じのいい人だなと思った。実際、友人としてなら素敵なのよ、話もしやすいし。ただ、彼との距離が異常に近い!
「はいこれ」
久本さんは、彼氏の皿にさっさと料理を取って目の前に置いた。まるで長年連れ添った夫婦のように。何も頼んでないのに、彼の分だけ。私が不思議そうにしていると、彼が笑いながら説明してくれた。
「こいつ、俺の好き嫌いわかってるから、いつも適当に取ってもらうんだよ」
「へえ……、そうなんだ」
その時は、しつこく突っ込んで彼に嫌われたくないのもあったし、このグループではそれが日常化しているのかなと思い、黙ってスルーした。しかし、しばらく経って参加したキャンプでも、再び「あれっ」と思うことがあった。
「わー、おそろ!」
グループでのキャンプ当日、集合場所へ行くと、彼と久本さんがおそろいのシャツを着ている。ありえなくない? 私、彼女なんですけど。もちろん、示し合わせて着て来たわけではなさそうだけど、なんで同じシャツを持っているんだ?
「さやかが着てたシャツ、それいいなって言ったら、買ってこようかって言うから頼んだんだよ」
「ごめんね、まさかバッティングすると思わなくて」
他にも、同じシューズやキャップなども持っているらしい。最近はユニセックスのアイテムも多いけど、男女の友人でお揃いねぇ……と、なんとなくモヤる。しかし、どういうリアクションが正しいのかわからなかったので、また「そうなんだ」で済ませてしまった。
しかしそのキャンプ中、二度目のモヤモヤが訪れた。私が夕食のカレーに使う野菜を水場で洗って戻ってくると、彼がテントの周りにいない。どこに行ったのかなと探してみれば、彼と久本さんがびしょびしょになって戻ってきた。お揃いのシャツで。
「おーい、お前らどこでサボってたんだよぉ」
グループの友人が声をかけると、二人してガハハと笑いながら、悪びれずに答えた。
「川があったから、足つけて遊んでたら、こいつが水かけてきやがって」
「ちょっとだけじゃん、篤の反撃がすごかったから、やり返しただけだよ」
「スマホが無事でよかったぜ」
ムカッとした。その間、こっちは夕食の用意してたんですけど。しかも、彼のこと「篤」って呼び捨てだよね。私には「篤くんって呼んで」って言ったくせに。でも、この時も有耶無耶にした。せっかくグループで楽しんでるのに、ムード壊したくないからね。彼らは結局、帰るまで私にかまわず仲良しモードを貫いた。
私がもし、あのとき「嫌だ」とはっきり言える人間だったら、もっと早く解決できたことがあったと思う。しかし、私は意気地なしだった。彼に嫌われるのが怖かったし、グループの中心人物である久本さんと張り合う根性もなかった。
そして私がうじうじ悩んでいる間にも、彼らは二人でカラオケに行ったり、彼のスーツを久本さんが見立てたり、海外旅行から帰ってきた久本さんを、彼が空港まで迎えに行ったりした。全部「ないわ」と思ったけど、嫉妬しないのがいい女だという、変なプライドが邪魔して言えなかった。
やがて、お正月を過ぎたころ、私はグループの集まりに行かなくなった。問題を解決せずに、逃げることを選んだのだ。
「あんまりグループで遊ぶの、得意じゃないんだ。けっこう人見知りだから」
「そっか」
彼はあっさりとそれを了承し、私はほっとした。会う回数はその分少なくなったけど、彼と二人きりのデートなら思い悩むこともなく、普通に楽しい。いま思えば、これが良くなかった。彼は、私が彼らの距離感を気にしていたことを知らない。だから「今さらなんで?」と思っているだろう。
彼はまだムスッとした顔をしている。私もうまく説明する自信がなかったので、その日はそのまま帰ってもらった。
確かに、見ないふりしていた私も悪かったよ。でも、さすがにお泊りは見過ごせないでしょ。それを理解してもらうことはできるんだろうか。この時、私の中のお別れメーターは七割に差しかかろうとしていた。
その数日後、会社を出たら久本さんに呼び止められた。私が悪い事をしたわけではないのに、心臓が口から飛び出しそうになる。どうしよう、逃げたい。しかし、グイグイ来るタイプの彼女は、ヘタレな私を逃さない。
「ごめんね、急に来ちゃって。この間のことでもめてるって、篤から聞いたの。ちょっとお茶しましょう。何もなかったこと、説明したいから」
カッチーン、と頭の中で何かが鳴った。「篤から聞いたの」って、もめてる原因の一部は貴女のその距離のなさなんですがね。
「何もなかったのは、聞いてますよ」
おおっ、AIみたいな声が出た。感情を抑え込まないと、変なことを口走ってしまいそうだ。とにかく、今は久本さんと話したくない。お願いだから、彼と私に絡んでこないで。
「何もなくて、当たり前じゃないですか。彼女いるのに、ひとり暮らしの女性の家に泊まったことが問題なんです。えっと、ごめんなさい、今から用事があるので急いでます」
逃げたい、逃げたい。でも、久本さんは粘る。
「ごめんなさいね、私が考えなしだった。そんなに大事になると思わなかったの。篤のこと、許してあげて?」
最後の「あげて?」で、お別れメーターが九割になった。なんじゃそりゃ、私、意地悪してるわけじゃないんですけど。それに、まるで彼が貴女のものみたいだよね。
「申し訳ないんですが、貴女に謝ってもらっても、どうしようもないです。私たち二人の問題なので。許すとか許さないとかも、私たちが話し合って答えを出す問題なので」
わかりやすく言うと「部外者が出しゃばんな」だが、久本さんにもこうなった原因の一端はあるわけで。しかし本人にはその自覚はないだろうから……ああ、もう頭が混乱してわけわからない。
久本さんはしょんぼりした顔をして帰って行ったが、きっとこの事も「篤」に報告するのだろう。それによって彼が取る行動は、およそ予測がつく。それでも心のどこかで、幸せだったころの二人に戻れるんじゃないかと期待する自分がいる。
彼がうちに来たのは、その翌日。「今から行く」とだけメッセージが入って、先日よりさらに不機嫌そうな顔で、開口一番こう言った。
「お前、せっかくさやかが謝りに行ったのに、追い返したそうだな。あいつの気持ち、考えてやれよ」
思ったより、きついな。あいつの気持ちは考えても、私の気持ちは考えないのかね。でも、お陰で冷静になれた。
「謝ったら、必ず許さないといけないの? 許せないのに、いいよって言わないと、悪者になっちゃうんだね」
「悪かった、って言ってくれてるんなら、受け入れろよ。心が狭いこと言ってんじゃないよ」
お別れメーターが満タンになった。私は言いたくて言えなかったことを、吐き出すことにした。
「そう、私は心が狭いの。ずっとイヤだった、篤くんと久本さんが仲良すぎるのが。だから、見ない振りしてたの」
「お前、何言ってーー」
「おそろいのシャツも、空港までお迎えも、久本さんの誕生日に二人でフレンチに行ったのも、全部許せない」
「それは……」
「知ってたよ、でもケンカするの嫌だから黙ってたし、二人が仲いいの見たくないからグループの集まりにも行かなかった。それに関しては私も悪い。はっきりイヤだって言えばよかった」
彼が居心地悪そうにしている。フレンチの件は、知っているとは思わなかったのだろう。少しは罪悪感があったのかな。今となっては、どうでもいい事だけど。
「でもさ、いくら見ないふりしても、お泊りは無理だよ。私のキャパ超えてる」
「……悪かったよ」
ぼそっと彼が謝った。ようやく私を見てくれた気がする。ちょっと遅いけど。
「篤くんの価値観、否定するわけじゃないの。ただ、私とは合わないだけ。だからさ、もう私たち終わりにしよう」
彼が黙り込んだまま、数分が経過した。やがて彼は無言で立ち上がると、コートとカバンを持って私に言った。
「わかったよ……、すまなかったな。言ってくれればよかった」
「ごめんね」
最後は私が謝って、一緒に過ごした一年半が幕を閉じた。自分から決断した別れだったけど、悲しくてしばらくはやりきれなかった。我慢してでも続けたい、と思うほどには好きだったからね。久本さんさえいなければと恨みそうにもなったが、結局は自己主張できなかった自分の弱さが原因だ。
そんな残念な失恋から、ようやく半年。そろそろ新しい恋を探してもいいかなと思い始めたころ、思わぬところから元彼の情報が飛び込んできた。
ショッピングセンターで、偶然ある女性に会った。元彼のグループにいた男友達の彼女で、昔の私と同じ「外部メンバー」である。
彼と付き合っているとき、何度か会った程度だが、同い年なので話が弾んだ。その彼女がびっくりニュースを教えてくれた。
「篤くんと久本さん、いま付き合ってるんだよ」
「えっ、そうなんだ」
「久本さん、狙ってたからね〜、何年も」
「ええっ、でも彼氏いたよね?」
彼女の情報によると、彼氏はフェイクで、元彼の親友ポジションをキープするため、そういう設定にしていたらしい。ということは、私と元彼の交際中も狙っていたわけ? 家に泊めたのも下心あり?
びっくり。もしそれが本当なら、とんでもない策士だ。とうとう張っていた蜘蛛の巣に獲物がかかったわけか。いやもう、好きにすればいいけどね、私は関係ないし。
「ちなみに、今まで親友だった女が彼女になったら、新しく妹分が登場したよ」
「妹分?」
元彼は最近、会社の後輩を連れ回しているらしく、もちろん飲み会にも参加させる。料理の取り分け担当も、妹分の仕事になったそうだ。そしてそのまま、家が同じ方向だからと送っていく。
「久本さん、それでキレかけてるよ」
あらら、私の気持ちがわかったかな。元彼はきっと、彼女の他にも距離の近い女がいないと死んじゃう病気だ。そのうちお揃いのシャツで飲み会に来る日も近いだろう。
ショッピングセンターからの帰り道、あれほど悩んでいた日々がバカらしくなった。自分にとってありえないことでも、相手にとってそれが当たり前なこともあるわけで。
そのうちまた、きっと誰かを好きになる。その時は、できるだけ価値観を共有できる相手がいいな。そのためには、正直になる勇気を持たなくちゃね。モヤモヤしながら悩んだ恋だったけど、何かしら得るものはあるもんだ。
完
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