1. 落雷

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1. 落雷

 青天の霹靂という言葉があるように、人生の大事件は突然に起こる。良いことばかりではなく悪いことも。それはたとえ本人が望まなくとも前ぶれなくやってきて、心の準備などはさせてくれない。  梅雨明け直前の空は不安定だ。ゴロゴロという雷鳴が時おり空に響き、湿った風はすぐそこまで黒い雲を連れてきている。その日、土師光太郎(はせこうたろう)は5限目の体育の授業の後、用具当番の仕事を済ませて校舎へ戻っていく途中だった。 「あっ!今空が光った!」  諏訪田明良(すわだあきら)が言った。彼は光太郎と仲の良い幼馴染みだ。 「これは一雨くるぞ。急ごう」  光太郎がそう言った時にはもう降りだしてきていた。ボッボッ、という音をたてて地面に浮かぶ黒い水玉模様。  帰る途中、明良が何かを見つけた。それは2週間前に取り壊された弓道場の跡地を通り過ぎる時だった。 「どうかした?」  そう言って、光太郎は心持ち耳を傾けた。ささやくような音量の明良の言葉を聞き取るために、いつもそうするのが習慣だった。 「珍しい草が生えてきてる!野菜か何かかな?誰が植えたんだろう?」  視線の先には、コンクリートの瓦礫のあちこちの隙間から顔を出している鮮やかな緑色の芽があった。 「これは野菜じゃないよ。何とかっていう外来植物だね。僕も名前は忘れたけど」  光太郎が答えた。 「きっと建物の土台の下にずっと種があったんだと思うよ」 「いや、でもさ」明良が言った。 「この弓道場が建ったのって30年前だよ?そんなに長い間、土の中で死なずに生きていられるものなの?」 「できるさ。植物ってすごいんだよ?」  光太郎は地面の一ヵ所を指さして言った。 「ほら見て。何もなかったアスファルトの地面に砂州ができている。たった一株の草の根が、流れてくる雨水をせき止めてこれを作ったんだ。植物は地形すら変えてしまう。これだって充分すごい事じゃないか」  実際に、植物は人間の造った建造物を倒壊させ、地形を変え、雲を発生させ雨を降らせる。2千年前の種子が発芽し花まで咲かせた実例すらある。きっとこの地球上でもっとも大きな力を持つものは植物だ。少なくともその時まで、光太郎はそう信じて疑わなかった。 「そんなことより、早く戻ろうよ」  光太郎が言った。このままでは着替える時間がなくなってしまいそうだった。 「あっ!」明良がまた足を止めた。グラウンドに何かを見つけたらしかった。 「またか。今度はどうしたの?」光太郎も足を止めた。 「サッカーボールがまだ一個残っているよ!ほら!ゴールポストの後ろに!」 「うわ、あんなとこにまだあったのか・・・」  光太郎はハァ、と一つため息をつくとまた顔を上げて言った。 「なにも二人して次の授業に遅れることはないさ。僕が拾って戻してくるから、明良は先に行っててよ」 「ううん、僕が拾うよ」  明良が言った。 「光太郎のクラスって、この次移動教室でしょ?早くもどって着替えた方がいいよ」 「そうだけど、本当に大丈夫?」  明良は優しくて性格のいい子なのだが、非常におっとりしている。光太郎はそんな彼が少し心配だった。 「大丈夫!まかせて」  明良はそう言って、光太郎の返事も待たずにひとりグラウンドに引き返していった。 「ありがとう!恩に着る‼」  明良の背中にそう叫んでから、光太郎が踵をかえして数歩走り出した時だった。突然、ドーン‼という轟音とともに大地が地震のように揺れ、周囲の空気が白く光った。たった今、明良が向かったグラウンドの方からだった。 「な、なんだったんだ、今のは・・・?」  光太郎はおそるおそる振り返った。するとグラウンドには、あお向けに倒れている明良の姿があった。 「明良‼」  光太郎はかけよって傍にしゃがみこんだ。 「明良⁉しっかりしろ!明良!」  明良は何も答えず、ピクリとも動かなかった。体中が異様に熱く、特に運動靴の底がひどく焼け焦げていて、今もそこから煙がプスプス立ち上っている。  そこで、ようやく光太郎は何が起こったのかを理解した。ごく稀に鳴り始めでも起こると聞いたことがある。 「雷が落ちて、明良に当たったんだ・・・」
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