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一章
「いえいえ、さほど価値のあるものでは……。ですがね、多少いわれのあるもので」
言って、古着屋の店主は、上着を差し出してきた。
リヨンは、その心の奥底まで見抜くような鋭い目つきに、思わずたじろいだ。
古物を扱う者たちの商売柄なのだろうか。目利きという通り名は、目差しをも鋭くするのだろうか……。
ふと、目に留まった紅色の上着。花祭りの晴れ着にうってつけだと、リヨンは思った。
もうすぐ、始まる祭り前の余日、娘たちの心は、ここにあらずで、準備にいそしむ。
リヨンも晴れ着を探して、古着屋を巡っていた。
貴族や大商人でもない限り、祭り毎に新しく衣を仕立てることはない。
新たに仕立てるとなると、費用も時間も相当かかる。庶民にとっては、古着屋を覗くのが当り前のことなのである。
──燃え立つような紅色の上着が、店の間口に吊り下げられていた。
金糸をふんだんに使った贅沢さ。牡丹の花に飛び交う蝶の意匠。傷みもまるで見られない。
リヨンはたちまち魅せられた。ところが、上着は左衽であった。
古来、高貴な女人の衣装は、左を上前とする左衽だったと聞く。いわれとは、このことだろうか。
ともかくも、今の時代は右前だから、これを纏うと滑稽に写るに違いない。
だが……胸元までの短い丈。羽織るように着こなせば、逆の上前も目立たないのでは。
「あの、いただけますか?」
リヨンは、店主に金子を差し出した。
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