欲する人々

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ため息をつくと、すぐにもう一件かかってくる。すぐに出てまた同じセリフを言った。 ああ、慣れるまで舌を噛みそう。 今度は若い男の人の声だった。 『いや〜あの〜、会社で嫌なことがあったんスけどぉ、いやがらせしてくるその上司が左遷になってー、いまチョーうれしーんス』 「それはそれはおめでとうございます!」 『いやー、思い切ってかけてみて良かったわー、オレ一人で喜んでたから。ありがとね〜』 電話は、切れた。 こ、こんなもんなの? これでいいの? すると次にまたかかってくる。考えてる時間はない。 すかさず出ると、受話器から女性の笑うような泣くような息の漏れる声が聞こえた。 『すみません。これ、私の本音なんですけど…………………………昨日、姑さんが亡くなられたんです』 え? 『…………』 「…………」 『……………………』 「あっ、お、おめでとうございます!」 言うと、叩きつけるように切られた。 しまった! もっと嬉しそうに言わなきゃいけなかった!? しかし悩む間も無く、電話はひっきりなしにかかってくる。 『みんなには秘密にしてるんだけど、宝くじ高額当選しちゃったんじゃわい』 「わー! おめでとうございます!!」 『はあ、はあ、おねーさん何色のパ……』 「おめでとうございます!おめでとうございます!おめでとうございます!」 『愛人に子供が生まれてなー』 「おめでとうございますっ!?」 『主人が死んで、人生で初めて猫を飼ったの!』 「それはそれはおめでとうございます!」 『やっとニートの子供がでていった』 『やっとですね! おめでとうございます!」 あぁ、…………つかれた。 時刻を見るともう昼前になっていた。ひっきりなしにかかってくるもんなのね。こんなにみんな祝福を願っているものなのか……。知らなかった世界が見えてくる。 ルルルルル…… またかかってきた。 「はい、コールセンターでございます。わたくし有賀……」 『なーにがコールセンターでございますぅ、だ! 楽な仕事しやがって! 女はなあ、家で旦那の言うこと聞いてりゃいいんだよ! こっちは命削って給料稼いできてやってんだからよおっ!』 おおっと! これは愚痴電話か!? 「おめでとうございます!」 『おめでとうございますじゃねーんだよお! いっちょ前な言葉遣いしやがって!』 「おめでとうございます!」 『ちゃんと人の話聞け! 俺は30年間勤めあげた会社左遷されてよぉ、たまったもんじゃねーんだよっ!』 「おめでとうございますっ!!」 『若いやつにはわからん苦労をしてきた!』 「おめでとうございますうー!」 『なのにこんな仕打ちっ! 若いやつが仕事とっていきやがって! 昔はこんなの許されなかったぞっ! 世の中年功序列が大事だっ!』 「おーめでとうございますううぅ!!」 『おいっ! おまえっ! 根性座ってんな!! そういう奴がこういう所で働いてんのか!』 「ありがとうございますぅ!」 『ん?』 「ん?」 [完]
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