欲する人々

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この世知辛い時代に決まったバイト先は、癒しの電話サービスセンターという職場だった。高卒の私は、あまり職種を選べる立場になくて、適当に何件か申し込み、すぐに受かった所に登録したのだ。 その初出勤の日。 私は胸の高まりを抑えることが出来ずにいた。 「有賀さん、初めまして。私は堂本です。あなたの教育係になります。よろしくお願いいたします」 そう言って朝礼後に目の前に現れた女性。 年齢は、30手前ほどに見える。 簡単に仕事を説明され、薄っぺらい紙を一枚渡された。 「仕事は超簡単。『おめでとうございます』と言うだけなの」 「おめでとう、ございます……?」 私はオウム返しに訊いた。 「そうよー。ここは通称【おめでとうございますセンター】。名前の通りお電話をかけてきた客様に対してそう言ってあげるのが仕事なの。でも、個人情報は絶対に漏らしちゃダメ。それから、事件性のありそうな話は一旦保留にして、上司か私に相談してちょうだい。わかった? あと、少しの雑談くらいならいいわよ」 それだけ早口で言われると、さっそく一室に案内されたのだった。小さな箱部屋にテーブルと電話のみが見える。 「一応全ての会話は録音されてるから」 録音…… その単語に緊張が走る。 「じゃ、頑張ってね〜」 愛想もなく出ていこうとしたからつい叫んでしまった。 「あ、あのっ! ほ、本当に『おめでとうございます』というだけでいいんでしょうか?」 そのセリフににやりと笑って、彼女は頷いた。 「そうよ。それだけ。ほとんどの会話はそれだけで通用するわよ」 ウィンクしてガチャリと扉を閉めて行ってしまったのだった。 ああ、ドキドキするなあ。何も考えずにここって決めたけど、出来るかなあ? 初仕事だからしっかりやらないと。 私は最初に渡された紙に目をやりながら椅子に腰掛けたのだった。 その時、電話のコールが鳴った! 「は、はいっ! こちら、癒しの電話サービスセンターでございますっ! わたくし有賀が承らせていただきますっ!」 紙に書かれたとおりに読み込む。すると、女性の小さな声が聞こえたのだった。 『……あの……、ど、どうしても、祝っていただきたくって……こちらにかけたんですけど……良かったですかねぇ?』 10代のような可愛い声。 「は、はいっ! 勿論でございます! どのような内容でしょうか?」 『わ、わたし、ずっといじめとかにあってて……今日、親もいなくて……で、でも誕生日なんです。そ、それで……ここにかけちゃいました……』 「それはそれはおめでとうございます!!」 でっかい声で言ってしまった。 だって、一人ぼっちのバースデーなんて辛いに決まってるから。大きな声で何度でも言ってあげたい。 「本当に、本当に、おめでとうございます!」 「あ、ありがとうございます!」 それだけでお互いに無言になり、通話は切れた。 ふう…… こんな感じでいいのかな?
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