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ジャンボ・ジェット・ババア
織田さん(五十代男性)が体験した、ごく短い話。
十年ほど前、織田さんは急な出張でベトナムへ赴くことになった。
成田空港からホーチミンまで、六~七時間の空の旅だ。到着は夜になるとわかっていたので、織田さんは飛行機が離陸するとすぐ、アイマスクを装着して仮眠をとることにした。
二~三時間ほど経った頃だろうか。織田さんはふっと目を覚ました。
アイマスクを外し、大きく伸びをする。何の気なしに窓の外へ目を遣ると、素晴らしい景色が広がっていた。眼下いっぱいに広がる雲海が、空のブルーと、夕陽のオレンジで鮮やかに色づいている。
織田さんがしばし、その光景に目を奪われていると――ふいに雲海の層を突き破って、何やら大きな物体が浮上してくるのが見えた。
顔である。
ざんばらの白髪を振り乱した、すさまじく巨大な老婆の顔であった。肌は青白く、梅干しのように皺だらけ。目を細めて口角を上げ、不自然なくらいにこやかに微笑んでいる。
呆然とする織田さんの前で、老婆の顔は飛行機と並走をはじめた。雲海に隠れて首から下は見えないものの、ゆっくり上下動する動きから、大股で歩いている様子を連想する。
しかし旅客機の飛行高度は地上約一万メートル。速度は時速八百~九百キロメートルほどである。
三十秒ほど並走を続けたあと、老婆は現れたときと同じくらいの唐突さで、雲海にもぐって姿を消した。
我に返った織田さんは慌てて添乗員を呼び、ことの次第を訴えたが、眠気覚ましのコーヒーを振る舞われただけだったという。
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大首
鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に載る。空中で笑う、巨大な女の生首として描かれた妖怪である。
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ジェットババア
いわゆる現代妖怪。「学校の怪談」や都市伝説の中で語られる。高速で走行し、自動車やバイクなどの乗り物を追跡してくる老婆の怪とされ、百キロババア、ターボババアなどさまざまな異称を持つ。
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