ゴミ屋敷にて

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ゴミ屋敷にて

 遺品整理の業者で働く工藤さん(四十代男性)の体験。  工藤さんの会社では遺品整理のみならず、いわゆる特殊清掃――孤独死現場の原状復帰やゴミ屋敷の清掃なども請け負っている。仕事柄、独居老人などの支援を行う市の福祉課とはつながりが深い。  その日の仕事も、福祉課からの依頼であった。  依頼内容は、ゴミ屋敷の清掃。  問題の家には、一週間ほど前まで年老いた男がひとりで暮らしていた。  彼の家は近所でも悪名高いゴミ屋敷で、黒いポリ袋に包まれた生ゴミ庭や粗大ゴミ、どこから運び込んだともしれないガラクタなどが、家の中はもちろん庭にまで(うずたか)く積み上げられていた。  悪臭と景観の悪さを理由に、地域住民は再三、彼にゴミの撤去を求めた。しかし男は撤去に応じるどころか興奮してわけのわからぬことを並べ立て、けんもほろろに追い返そうとするだけだ。  それだけでも充分に迷惑な話だが、男にはもうひとつ、別の問題があった。  地域内で頻発する窃盗被害の犯人ではないかと(もく)されていたのだ。  たとえば折り畳み自転車。  たとえば海外製の洋食器。  たとえば本革のコート。  いずれも家のガレージや戸棚の中に、大事にしまっておいたものであった。それがある日、忽然と消え失せる。そして数日後、思いがけずゴミ屋敷のガラクタに埋もれているところを発見するのだ。  まさか、と思ってつぶさに観察するが、色といい形といい、自分の家から消えたものにそっくりだ。さてはあの男が盗んだに違いない。  かくして警察官が出動する運びとなるのだが……不思議なことに、男の犯行を裏付ける証拠が見つからない。そもそも男は足腰が悪く、アルコール中毒のために手先の震えも激しい。自宅から離れた民家に忍び込んで痕跡もなく貴重品を持ち出すような芸当ができるとは、どうしても思えないのだ。  男自身がそれらの盗品に対し、「見たこともない」「誰かが勝手に捨てていった」「迷惑だから持って帰れ」としきりに主張することも相まって、結局、うやむやになってしまうのが常であった。  だが、そんな男の暮らしにも終わりが来た。ある日、巡回しに来た福祉課職員が、自宅のゴミ山に埋もれるようにして亡くなっている男の姿を発見したのだ。  夏場だったせいか遺体は損傷がひどく、臓器は野良猫か何かに食い荒らされてごっそりなくなっていたという。  話を工藤さんの体験に戻そう。  ゴミ屋敷の清掃作業は困難を極めた。掘り出したゴミを分別して袋詰めし、トラックの荷台に積んでいくのだが、捨てても捨てても果てがない。それでも四人がかりで丸二日作業を続け、どうにか床が見えてきたというあたりで――……。 「おおい、ちょっと。ちょっと来てくれよ」  仏間を担当していた上司が、工藤さんたちを呼んだ。  朽ちた畳敷きの仏間に集まってみると、心底(いや)そうな顔をした上司が、 「これ、何だと思う……?」  と言う。  上司が指さす先には、何段にも分かれた立派な仏壇。  そこに、薄汚れた(ビン)がみっしり押しこめられていた。  ぱっと目を引くのは酒瓶の(たぐい)だ。一升瓶、ビール瓶、ワインやウォッカ、ウィスキーといった洋酒の瓶。だが、よく見るとそれだけではない。ジャムや漬物、調味料の瓶が並んでいるかと思えば、栄養ドリンクの小瓶が引き出しにみっちり詰めこまれている。数は少なかったが、香水の瓶と思しきものまであった。いったいどこで拾ってきたのだろう。  どの瓶にも(ふた)はなかった。ただ、内側には赤茶けた汚れがべっとりこびりついていて、中身は判然としない。  手に取って振ってみると、わずかにちゃぷちゃぷと液体の揺れる音とともに、ツンときつい悪臭が漂ってきた。公衆トイレの小便器と犬小屋をミックスしたような、酸っぱい獣臭とでも言うべきものだった。 「何だこれ、気持ち悪ィ」 「もしかして、ここに小便してたんですかね」 「まあ、便所に行くのを億劫(おっくう)がるところまではわからんでもないが……よりによって仏壇に貯めるか?」 「こんな家に住んでた人に常識求めてもしょうがないでしょう。それより、さすがにこのままじゃゴミに出せないですよ。せめて中身捨てないと」  そんなわけで、メンバー総出で瓶を屋敷の外へ運び出し、庭の排水溝に中身を空けることになった。  瓶の中身は煮詰めた犬の小便とでも言うべき赤茶色の液体で、コンクリートの排水溝にぶちまけると催涙弾のような激臭を発したが、幸い、量はそれほど多くなかった。片っ端からひっくり返しては二重のポリ袋に放りこみ、固く口をしばってゆく。  肉体的にも精神的にも不快な作業だが、重い木製家具や人間の腐汁が染みこんだカーペットを処理することに比べればどうということはない。七十本以上あった瓶は、みるみるうちに数を減らしていった。  あと少しだ。  一気に片づけてしまおうと、工藤さんが焼酎の瓶を勢いよく逆さにした瞬間――。  妙な手応えを感じた。  何かが詰まっているのか、中の液体が落ちてこない。  強く振ってみても手応えは変わらず、色の濃い瓶なので中を透かして見ることもできなかった。工藤さんは仕方なく、手近な金属の棒を瓶の口から差しこんでみることにする。  数センチほど挿入したところで、何か弾力のあるものに触れた。  固まった液体が膜になっているのかと思い、強めに突いてみると、瓶の中にある「何か」がぬるりと動き、逆に棒を押し返してきた。 「うわっ!?」  たまらず瓶を取り落とす。  焼酎瓶が芝の上でバウンドした瞬間、何か茶色くて細長いものが瓶の口からにゅるにゅるにゅると這い出してきて、そのまま、未処理のゴミ山の中へと逃げ込んでいった。  一瞬のことだったのではっきり見たわけではないが、それは、工藤さんが知るどんな生き物とも似ていなかった。ネズミやイタチにしては細長すぎたし、全身が長い毛のようなもので覆われていた以上、蛇やムカデではありえない。  見間違い……というのも考えづらい。工藤さんひとりならともかく、その場にいた全員が、瓶から出てくる瞬間を目撃していたのだから。  一同はしばし騒然となったが、いつまでもそうしているわけにもいかない。  いつまたあの細長い生き物が飛びだしてくるかとびくびくしながら作業に戻り、それきり二度と、生物の姿を見ることはなかった。  ここに住んでいた男と生物との関係も、わからずじまいである。  ゴミ屋敷の清掃は無事に終わり、今は家屋自体も取り壊されて更地になっている。 ===== 管狐(くだぎつね) 憑物筋(つきものすじ)を成すという怪異。竹筒のような細長いものの中で飼育され、周囲の家々から金品をかすめ取るという形で、飼い主の家に富をもたらす。 だが飼育を続ける限り増え続け、やがては家を食い潰すとされている。最終的には七十五匹にまで増えるという。 憑物筋にまつわる怪異としては、他にも四国の犬神などが有名。姿については諸説あり、中には犬や狐からかけ離れたものもある。 =====
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