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生首アイスクリーム
シミュラクラ現象というものがある。
人間の脳に備わった顔認識能力のバグにより、三つの点が逆三角形に並んでいるのを見ただけで、それを顔だと認識してしまう現象のことだ。プルタブをむしったジュースの缶やコンセントの差込口をつい顔に見立ててしまう、アレである。
これはシミュラクラ現象に関係するかもしれない、江口さん(二十代女性)のお話。
江口さんは、デパート地下のアイスクリーム店でアルバイトをしている。
お店のガラスケース内には金属のバットに詰めた、色とりどりのアイスクリームが並んでいる。お客さんはその中から好みの味を選び、店員にすくってもらうのだ。ディッシャーと呼ばれる専用のスプーンを使ってアイスクリームをすくいとり、綺麗な半球形でコーンの上へ盛りつけるには、それなりのテクニックが要るらしい。
そんなバイト中、江口さんはたまに奇妙な体験をする。
コーンの上に出したアイスクリームが、生首に見えることがあるのだ。
それはチョコミントやラムレーズン、ストロベリー&バニラを盛りつけるときに起こる。それらのフレーバーはアイスクリームにチップや果実が混ぜ込んであったり、二色以上のアイスが混ぜ合わされていたりするもの……要はアイスに「模様」がある味ばかり。その模様から、まるで騙し絵のように顔が浮かび上がってくるのである。
生首はたいてい苦悶に歪んでいるか、恨めしそうな顔つきをしている。古い白黒写真のようにどこかボケて見えることもあれば、くっきり鮮明に像を結ぶこともある。女もいるが、男の顔であることの方が多い。
だがその首は、江口さん以外の人間には認識できないらしい。どのお客も生首の二段重ねになったコーンを嬉しそうに受け取り、ときにはその場でかぶりついたりもするのだという。
江口さんにとってはあまり愉快な体験ではないが……それだけと言えば、それだけの話である。
生首アイスを食べた人間は必ず不幸になるとか、三日後に死ぬとか、そういったことも特に起きていない。いや、もしかすると起きているかもしれないのだが、江口さんには確かめようがない。
結局、釈然としない思いを抱えながらも、江口さんは今もバイトを続けている。生首のことは単なる自分の思い込みか、見間違いだと思うことにしている。自分はただ、虚像を見ているだけなのだ、と。
そう。デパートが、江戸時代の刑場跡に建てられていることや。
二階も三階も四階も、アイスクリーム店の真上に位置するテナントだけが頻繁に入れ替わることや。
デパートの就業規則に、「夜十時を過ぎての業務は必ず二名以上で行い、可及的速やかに退店すること」という、妙に厳しいルールが定められていることから、あなたがなにか恐ろしげな様相を思い浮かべたとしても……。
きっとそれは、ただの虚像なのだ。
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煙々羅
鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に載っている妖怪。立ち昇り、渦を巻く煙が、人面めいた像を結ぶ様子が描かれている。
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