episodio.1「Felice(しあわせ)」

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「……さて、行くか」  肩まである黒髪をひとつに束ね直して、クアットロは重いため息を空に吐き出した。 目の前にはヴィヴァルディ公爵の屋敷。誘拐されたという弟……トレーディチが居るところ。  彼は今幸せなのだろうか?幸せに、暮らせているのだろうか。 そう思うと同時に、どうしても考えてしまう。 そんな彼を無理矢理連れ帰るのはどうなんだろう。同じ戦争兵器になど、させていいのだろうか?  先程からクアットロの頭の中にはそれらの疑問たちがグルグルと渦巻いていた。 何が正しいか……なんて分からない。正しいことから目を背けてきたから。 だって自分たちの存在自体がものなのだから。 今更まともな考えなど出来るはずもない。ただ、命令を実行するだけ。何も考えずにそうすればいい。 でもなぜだか淡い期待を抱いてしまう。 彼と関わることで、何か変化があるんじゃないかって。  ザリ、と地面を踏みしめる音がして反射的にそちらへ顔を向ける。 ぼーっとしていて気が付けなかった。だが問題は無い。ただの人間に負けるはずは無いのだから。 しかし、目の前に居たのは。 「トレーディチ……」 クアットロとは正反対に真っ白な髪を持つ少年、ジョシュアだった。パッチリとした紅い瞳が真っ直ぐクアットロを捉えている。 まさか彼の方から来るなんて。気が変わった……とは思えないが。 「やあ、トレーディチ。元気かい?」 「オレはジョシュアだよ」 「……ああ、すまない。ジョシュア」 名前、か。いいな、愛されているようで。 「まさか気が変わったなんてことは無いだろうし……一体何のつもりだ?」 「君なら……オレの話を聞いてくれる気がして」 話?やめてくれ、と説得でもするのだろうか。 だとしたなら聞きはするが従いはしない。そう、命令されたから。  そういえば自己紹介がまだだったね、とクアットロはかしこまるように自身の左胸に手を当てた。 「俺はクアットロ。その名の通り、バンビーニの四番目だよ。この間はチンクエがすまなかった。あいつ、戦うことしか頭にないから」 手を焼いているんだ、と困ったようにため息を吐き出すクアットロ。 ジョシュアはそんな彼をしばらく見つめた後、小さく息を吸った。……そして。 「クアットロ。協力して欲しい」 「協力?」 「兄弟を……みんなを、たすけたいんだ。あんな場所から」 クアットロの瞳が僅かに揺れる。 たすける?
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