廃城の戦い

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 人影はリンダの後ろに回り込み、彼女を抱きしめた。そして彼女に耳元に口を寄せ、何かを囁くようにする。  するとリンダは虚ろな表情のまま、 「……アー……サー……貴方、は……」  掠れた声で――怯えの色も混ぜた声で、 「……貴方は……、なのですか……?」  そう、問いかけてきた。 「……」  対するアーサーは、無言。しかしその目は怒りを帯び、人影を睨んでいた。その様子にリンダは「やはり……そうなんですね……」と続ける。 「貴方が……見た目通りの歳ではないことは……気付いていました。でも……貴方がアンデッドだなんて……私は、思いたくなかった……知りたくなんて、なかった……」  言いつつ、リンダは緩慢な動きで 「けれど……知ってしまったからには」  剣を、構える。 「貴方を……倒さないと」  そう言った直後、先までの緩慢な動から一変。鋭く踏み込み、アーサーに斬りかかってきた。  速さ、威力共に十分な一撃。アーサーは何とかそれを受け止めてリンダを押し返し、自身も後ろに跳んで距離を取る。次いで口を開き、彼女を説得しようとした。 「止めてくれ、リンダ――気をしっかりと持つんだ。君は、操られるような子じゃない」 「操られてなんか……いません」  ゆらゆらと体を動かし、虚ろな表情、掠れた声のまま、少女は言う。 「エクソシストとしての務めを……果たしている、だけです……」 「それならどうして、そんな風に悲しそうな顔をする? それにその虚ろな表情は、一体何だ」 「悲しい……? 虚ろ……? そんな顔なんか、してません……でも」  リンダの口が、笑みの形を作る。何の感情も乗っていない、形だけの笑み。 「そう、ですね……悲しいです……だってアーサーは、いつも私を助けてくれて……それなのに、アンデッドで……どうして知らせてくれなかったのって……」 「……それは……」  アーサーが口ごもる。  その様子にくつくつと昏い笑いを漏らすリンダは、追い打ちをかけるように言葉を重ねた。 「分かってます……言いたく、なかったんですよね……私が、頼りないから……信頼してもらえるほど、強くないから……」 「ッ、それは違う!」  アーサーは叫ぶ。 「そんなことで、君に言わなかったわけじゃない! 君に言わなかったのは……」  言葉の途中で口ごもるアーサー。しかし首を振って躊躇を振り払い、最後まで言い切る。 「僕が……君と一緒には、いられなくなるからだ」 「……」 「君が言ったとおり、僕は、アンデッドだ」  少年はリンダに向き直り、その目を見据えながら言う。 「僕自身が望んでこうなったわけではないけれど……自分が世界の摂理に反した存在であることは理解してる。教会からも他の人間、特にエクソシストには知られないよう一人で行動しろと言われていたし、僕自身もそうすべきだと思っていた」 「それなら、なぜ……私を、助けてくれたの……どうして、一緒にいてくれたの……?」 「君がいつも一生懸命で、健気だったから」  穏やかに、同時にはっきりとした声で、少年は自身の思いを口にする。 「君はどんな時でも、一生懸命に生きていた……一ヶ月程度しか一緒にいなかったけれど、そのことははっきりと分かる。そして、過去の傷を今も引き摺っていることも。……覚えているかい? 君が僕に付いて行くと、必死になっていた時のこと。あの時僕は困惑していたけれど、正直に言えば、安心してもいたんだ」 「安心……?」 「君を一人にさせずに済むからだよ」  優しく、アーサーは微笑んだ。 「いつも一生懸命な君を、近くで支えられると思えた。そしてそれは、僕にとっては喜びでもあった……だからこそ、いつか来る別れの時まで――君が一人になっても大丈夫になるその時までは、傍にいようと思ったんだ」 「……本当に……?」  リンダの虚ろな顔に、僅かに喜びの色が混じる。 「本当に……そう思ったから、一緒にいてくれたのですか……?」 「そうだ。僕がアンデッドと言わなかったのも、君と一緒にいたいと思ったから……ただ、それだけなんだよ」 「……」 「君が怒るのも無理はないと思う。事情があるとはいえ、君に伝えていなかったのは事実なんだから。けれど君が――折れそうな心を必死に支え、それでも前を向いて生きている君が――そうやって操られている姿を見るのは、耐えられない」  アーサーは、構えていた剣を下ろす。 「頼む、リンダ」  そのまま、彼は続けた。 「正気に戻ってくれ。いつもの姿を、もう一度僕に見せてくれ」
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