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シスター・リンダ
風の音が、轟々と響いていた。
時刻は夜。空には厚い雲がかかり、星一つ見えない。草原の草が強風に煽られ、靡いている。
そんな中を一人、歩いている者がいた。
修道服を纏った少女だ。尤も、その修道服は普通のそれではない。裾は短くされ、ズボンを履き、体の急所に合わせた皮鎧も装備されている――つまり、戦闘用の代物だった。腰には剣を差し、担いでいる袋からはカチャカチャという金属の擦れる音が絶えずしている。
そしてそれらを身につけている少女の様子も普通ではなく、青い眼は鋭く細められて油断なく周囲に向けられており、明らかに戦いの経験を積んでいると知れた。
特徴的な赤髪を風に揺らしつつ、草原を歩く少女。ふと立ち止まり、カンテラを掲げて周囲を見回す。すると草原の向こうに灯りが付いている箇所があった。そちらに足を向け、歩き出す。
彼女が向かった先には、小さい村があった。入り口には雑な作りながら門が立てられており、据え付けられた篝火が風に揺れている。
「止まれ、何者だ!」
歩いてくる少女に気付いた門番が誰何の声をかけて来る。その声には大分怯えの色が混じっていた。
「こんな夜中に来るなんて、怪しい奴め!」
「……怯えさせてしまったのであれば、申し訳ありません。しかし急な要請ということで、こちらも急いできたのです。こんな時間に伺うこととなってしまったのは、謝罪しますが」
「要請? 何を分からないことを――」
「待て!」
喚き立てる門番を別の者が止め、まじまじと少女を見る。
「……戦闘用に改造された修道服に、ウルスラ教会の紋章が刻印された剣……あんた、まさか!?」
「はい」
少女は胸元にあるかくしから小さな十字架を取り出し、門番たちに掲げて見せた。
「聖ウルスラ教会のシスター・リンダ。エクソシストとしての使命を果たしに、参上いたしました」
厳かに、リンダは言った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「こちらにおかけ下さい」
「ありがとうございます」
リンダは、村長の家に案内されていた。彼に勧められた椅子に座り、テーブルを挟んで村長と対面する。
「まずはお礼を。わざわざこのような小さな村に来て下さり、ありがとうございます」
村長が最初に口を開き、頭を下げた。リンダは厳かな表情のまま、首を振る。
「お気になさらず。繰り返しますが、この村に来たのは私たちの使命を果たす為です」
「不浄なる存在アンデッドをこの世から消し去り、父なる神の定め給うた生命の摂理を守る……」
「仰る通りです。そしてその摂理の番人こそ、我ら聖ウルスラ教会――私は番人としての役割を果たそうとしているだけ。貴方方が感謝する必要など、ないのです」
断固とした口調でリンダは言う。村長は感心した様子で、少女を見ていた。
「まだお若いというのに、大したものだ……いやしかし、それにしても若いような……失礼ですが、おいくつなのですか?」
「18です。若いことに不安を覚えられましたか?」
「いや、そんなことは……」
「そう感じるのも無理はありません。ですが若い身とはいえ、既に戦いの経験も積んでいます。一人で活動する許可も教会からいただいておりますので、ご安心を」
口調は平坦なまま、しかし若干の焦りと強情を滲ませてリンダは言い募る。
この話を続けたらまずいと思ったか、村長は「分かりました」と言って話を打ち切った。
「ご無礼をお許し下さい。しかしそちらも存じているとは思いますが、既に二度エクソシスト様を派遣して頂き、帰ってこられぬのです。私たちの不安も御理解頂きたい」
「……分かっています。そのことは教会も理解していまして、本当は私以外にもう一人、こちらに向かわせようとしていたのですが……」
言いよどむリンダ。だが意を決し、続ける。
「ここ最近、アンデッド共の動きが活発になっていまして……」
「そちらへの対処にも、手を回さなければならない?」
「不甲斐ない限りですが、その通りです。ハルモニア教国とユークス公国の戦争も激しくなる一方ですし……」
「確か、もう三年に渡って続けられているという話でしたな」
「ええ。戦死者は増える一方で、そのせいでアンデッドになる者も増える。そして増えたアンデッドが村々を襲い、犠牲者とアンデッドを増やしていく……」
まさに、悪循環だった。少しの間俯いていたリンダは腹に力を込めて顔を上げ、村長を真っ直ぐに見る。
「貴方方の不安は尤もでしょう。しかし若輩の身ではありますが、これでもエクソシスト。必ず村を脅かすアンデッドを、討ち果たして見せます」
「分かりました。そう仰って下さるなら、最早こちらから言うことはありません。アンデッドの討伐、何卒よろしくお願いいたします」
村長は頭を下げた。
村長の家での話はそこで終了となり、リンダは村の教会への案内を彼に頼む。旅の疲れを取るためと、祈りを捧げるためと説明して。
やって来た教会は長い間手入れがされておらず、埃が溜まっていた。燭台に火を点け、軽く掃除をしたリンダは適当な椅子に座って深く溜息を吐いた。
ようやく人心地ついたといった様子の彼女。しばらくの間椅子に座ったまま、呆けていたが
「……ふっ、く……」
突然何かを堪えるような声が、リンダの口から零れた。……いや、声だけではない。情けなく表情も歪み、目には涙まで滲んでいて、凛々しさを湛えていた先ほどまでとはまるで様子が違っていた。
「……怖い……」
そんな彼女から、一つの言葉が漏れる。
「怖いよ……」
それはリンダの内心を端的に、顕著に表した言葉だった。
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