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彼女はエクソシストとなって、まだ日が浅かった。一人で活動する許可を貰っていること、戦闘経験があることなど、村長に話した内容は嘘ではない。
しかし自信など、まるでなかった。
村長と話していた時の態度だって、必死になって取り繕っていただけの見せかけだ。それどころか、戦いそのものへの恐怖だってぬぐい切れていない。
アンデッドとの戦いは上手くやれるのか、或いは生き延びることができるのか。そんな不安ばかりが心に浮かんでくる。そしてそれらの最後に浮かんでくるのが、この思い。
(どうして私は、いつもこうなんだろう……)
いつまでも自分に自信が持てなくて。臆病で。そんな自分が嫌で変わろうとして、しかし何をしても変われない自分。そんな自分が嫌で嫌で仕方が無くて、変われないことを思い知る度に絶望する……今までのリンダの人生は、その繰り返しだ。
今だって、すぐにでも逃げ出したいと思っている――
(でも……だめ……)
それでも。
彼女は、踏みとどまる。
体を震わせながら、逃げ出したいと思っていながら、なけなしの勇気を振り絞って。
(今私が逃げたら、この村の人達はどうなるの……)
生前の無念や怨念、そういった負の感情で蘇ったアンデッドは、尋常ではない強靭さを持つ。戦いの経験も、エクソシストとしての訓練も受けていない無辜の人々に敵う相手ではないのだ。
そうでなくともハルモニア教国とユークス公国の戦争で人心が疲弊している今、ここでリンダが逃げてしまったらこの村は確実に、アンデッドに蹂躙されてしまう。そのことに思いが及ばないほど、リンダは馬鹿ではなかった。
(ここで私が頑張らないと……犠牲になった他のエクソシストたちのためにも、私がなんとかしないと……!)
そう、決意する。尤も決意したところで、不安と恐怖は消えてくれない。
リンダは祭壇に赴いた。どうしようもない時、いつも彼女はしていることがある。
「天に召します、我らが主よ……」
それは祭壇の前に跪き、祈ること。
祈った所で何かが変わるわけでもない。しかし縋るものが何一つない中で、それでも縋りつける何かを得たい時に、こうしていた。
「どうか我らをお救い下さい……お守りください……!」
唇を震わせ、涙を流して。
彼女は己と村の人々のために、彼女は祈り続けた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「こちらです、エクソシスト様」
教会でリンダが祈りを捧げて数時間後。リンダは村人の一人から、アンデッドのいる場所へと案内されていた。
「足元に気を付けて下せえ。木の根っ子が色んな所に張ってやがるんで」
「分かりました」
二人は現在、暗い森の中を進んでいた。先頭を行く村人が、手に持った松明で足元を照らしてくれる。リンダもベルトに携帯用のカンテラを吊るし、足を取られないよう気を付けつつ二人は進んでいた。
……本来であれば朝を待ち、視界が確保できる状態で戦いに臨むべきである。
生前の負の感情に突き動かされるアンデッドは、本能で動く獣のようなものだ。それも生者が本来持つ痛みや恐れと言ったものがなく、闇の中であろうと恐れることなく襲い掛かってくる。
そのようなものを相手に慣れてない場所、しかも夜中での戦いなど、もっての外だ。しかしそうできない事情が、リンダにはあった。
「しかし難儀ですなあ。朝になると、土の中に潜っちまうなんて」
「……本当に、そうですね。わざわざ向こうに有利な条件で、戦わなければなりませんから」
難しい顔でリンダは言う。
そう。強い光に弱いアンデッドは日中、土の中へ潜ってしまうのだ。
土の中へ潜ったアンデッドを見つけるのは容易なことではなく、倒すことは尚更に困難である。アンデッドを倒すには、姿を現わしている夜を狙うしかないという訳だ。
とはいえ……
「……ごめんなさい」
「へ……? な、なんでエクソシスト様が謝られるんです!?」
「いえ……貴方を危険に晒してしまうことになってしまったと思うと、申し訳なくて……」
「……あ、あーっと……べ、別に気にしなくても構いませんぜ? ほら、アンデッドをどうにかしなけりゃいけねえのは、俺達だって同じなんですし。そのためなら多少の危険くらい、平気でさ」
「そう……言って下さるのですか?」
「当たり前でさ」
「ありがとう……その言葉だけでも少し、胸の重しが取れたような気がします」
「……」
「どうしたんです? 変な顔をして……」
「いえ……な、なんでもありやせん……」
「……? そう、ですか」
何か言いたそうな雰囲気だったが、村人が口を閉じてしまったため、それ以上リンダは追及できなかった。
その時、ふと思い浮かんだことがあった。リンダは再度口を開く。
「そういえば……ええと……貴方、名前は」
「ああ、まだ言ってやせんでしたか。あっしはアンリっていいます」
「ではアンリ。貴方は随分上手く動けるのですね」
「へ?」
「こんなにも暗い森の中を、貴方は苦も無く動けているではありませんか。明かりがあるとはいえ、大したものですね」
「……そ、そうですかね? いや、まあ……その……何度も足を運んでる場所ですし……歩き方も、勝手に覚えちまったんでしょう」
僅かに口を詰まらせながらも、アンリは言う。その声にどこか引っかかるものを感じたリンダは、それについて尋ねようとした――その時!
「! アンリさん、後ろ!!」
「へ? ……うわ!?」
暗がりから突如現れた人影が、アンリの背に組みついた。だがそれは、明らかに人ではなかった。
皮膚の至る所が破れて筋肉がむき出しになっている、土気色の肌。
ボロボロの衣服には体中から漏れる体液が滲んでいて、腐臭に混じって異様な匂いを辺りにまき散らしている。
目は魚のそれのように白く濁っており、生気や意志と言ったものを感じさせなかった。
そう。これこそがリンダ達エクソシストの、討ち果たすべき敵――!
「アンデッド!!」
リンダは叫ぶ。
暗がりから更に二体のアンデッドが現れ、アンリに組みついた。
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