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「は、離れろ!!」
アンリは何とか振りほどこうともがき、松明を押し付ける。アンデッドの肉が焼け、焦げた匂いが辺りに漂った。
しかし、アンデッドは怯まない。逆に更なる力を込め、村人の動きを押さえ込もうとする。
「……!!」
リンダは腰の剣に手をかける。しかし彼女の動きは、そこで止まってしまった。
助けなければ――彼女の理性が叫ぶ。
怖い――彼女の本能が、体の動きを止めてしまう。
焦りがリンダの呼吸を速め、怯えが体を震わせる。
自分の情けなさに彼女の表情が歪み、己の臆病さへの怒りがこみ上げて
「ぎゃあああああああああああああ!!」
「――!!」
腕に噛みつかれたアンリの上げた叫びが、リンダの中にある全ての葛藤を吹き飛ばした。
鋭く踏み込み、抜き打ち様に一閃。銀で作られた刃はアンデッドの腕を容易に切り飛ばした。
「『天に召します我らが主よ――』」
更に斬撃を放ちながら、リンダは詠唱する。己の内に眠る力を、湧き上がらせるイメージで。
「『聖光をもたらし、不浄なる者共を照らしたまえ――』」
そして、その「法術」は完成する。
「《アークライト》!!」
術の名を呼んだ途端、闇の中に光が差した。暖かく、それでいて闇を切り裂く強さを備えた光。
照らされたアンデッドたちは苦し気にもがき、腕に込めていた力を弛めた。
「今です、逃げて!!」
「わ、分かりやした!!」
リンダの叱咤に、アンリは駆けだす。アンデッドたちは獲物を逃がしてしまったことに気付くも、もう遅い。
「ふっ――!!」
鋭い呼気。
積み上げた鍛錬と潜り抜けた死線は、彼女に練達した武技を繰り出させる。例えその心に、恐怖を抱いていたとしてもだ。
銀の刃が、見事な弧を描く。その弧はアンデッドたちを貫き、両断する。
《アークライト》によって弱っていたアンデッドたちは、瞬く間に切り伏せられていた。
「……ふう――……」
深く息を吐くリンダ。鼓動が速いのを自覚し、そして今度も生き残れたことに安堵する。だが彼女は、すぐに我に返った。
「そうだ、アンリさん……!」
腕に噛みつかれていたはずだ。慌てて辺りを見回す。すると
「つう……ち、畜生……あの、亡者どもめ……!」
木に寄りかかって傷口を押さえ、悪態をついている彼を見つけた。
リンダは彼に駆け寄る。
「大丈夫ですか!? ああ、こんなに血が……!」
「だ、大丈夫でさ……ちょっと、噛みつかれたくらいです……これ位の傷なら、少し休めば……」
「こんなに血を流して、大丈夫なものですか! ……ッ!」
きゅっと唇を引き結んだリンダは、一つ頷く。
「『命の光よ、我が手に宿れ――」」
「え、エクソシスト様!?」
「黙って! ……『光は恵みとなり、癒しを齎さん』――《ヒールライト》!」
リンダの差し出した手から、緑色の光が溢れ出す。それを傷口に押し当てると、見る見る傷が癒えていった。だが、それに慌てたのは他ならぬアンリ自身だ。
「や、やめて下せえ! 貴重な法力を、俺なんかのために――」
「黙ってと言いました!!」
物凄い剣幕に押され、アンリは口を噤まされる。
幾許かの間治癒を続けていたリンダは、アンリの傷が癒えたのを見届けて法術を止めた。
「これでよし……傷は完全に塞がりました。ですが失った血までは戻せません。体力の消耗もかなりのものでしょうし、少しの間ここで休みましょう」
「ですが……ここにいたらまた、アンデッドに……」
「私がいるのをお忘れですか? 大丈夫……大丈夫です。幾ら奴らがこようと、私がいる限り貴方に手出しはさせません。それに」
内心の不安を隠しつつ、リンダはきっぱりとした態度で言って見せる。
「貴方が不調だと、案内に支障が出るかもしれないではありませんか。私のことを考えるなら、尚更休みを取るべきです」
「……」
「分かりましたか?」
「……エクソシスト様が、そう仰るなら……」
「よろしい」
リンダはそこらに落ちている木の枝を集め、焚き火の準備をする。そこに松明の火を押し当てると、すぐに火が燃え移ってくれた。
松明のものよりも強く、暖かな光。
それの近くに二人は座り、無言のまましばしの時が過ぎる。
「……エクソシスト様は」
やがて、最初に口を開いたのはアンリであった。
「なんでそこまで、親切にしてくださるんですか……?」
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