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「分かってます。悪いのは全部、野盗どもだ。あいつらがいなけりゃこんなことを言う必要もなかったでしょう。エクソシスト様や領主様は、何も悪くなんかない。……悪くなんか、ないですが……」
首を振り、怒りを声に滲ませる。
「それでも、憎いって思っちまうのは……やっぱり間違いなんですかね……」
「……そう思われるのは、当然のことだと思います」
アンリの傍によったリンダは、そっと彼の手に自らのそれを重ねた。
「貴方の思いは、間違ってなんかいません。……本当に……ごめんなさい。力になることが、できなくて……」
「……こっちこそ、すみません……貴女に当たったって、何にもなりゃあしねえのに。……あーあ。それにしても何で世の中ってのは、こうも生きづらいんですかねえ」
わざと口調を明るくし、アンリは言う。
「いくら作物を育てても年貢で粗方持っていかれて、生活が良くなんかなりゃしねえ。戦争は終わらねえし、そのせいで行商人だって村には来ねえ。しかもその上野盗やアンデッドが現れると来たもんだ」
「そうですね……本当に今の世の中は、生きづらいと思います」
「エクソシスト様もそうなんですかい?」
「当たり前です。法力を見出されてエクソシストになれると聞いた時は、これで荒れた世の助けになれると喜びました。でもそれからは辛い修行の毎日で、息を吐く暇なんか、まったくありませんでしたよ。かと言って修業が終わったら終わったで、色々ありますし……」
戦いの恐怖に怯え、自分の臆病さに憤る日々。
そしてそれを何とかしようとしても変えられず、苦しみ続ける日々。
エクソシストとして活動しながら、本当にそれが世の、人々の助けになっているのかと悩む日々――苦しみのない日など、一日として有り得なかった。
時折リンダは思うことがある。
これからもこうやって、苦悩を抱えて生きていくことになるのだろうかと――死ぬまでずっと、苦しみながら生きていくのだろうかと……
「……エクソシスト様?」
アンリが怪訝そうな顔で言う。
はっとしたリンダは、自分が物思いに沈んでいたことに気付いた。
「す、すみませんアンリさん。少し、ぼうっとしていたようです」
「いえ、そりゃいいんですが……何というか……エクソシスト様も、大変なんですね」
「そう、思いますか?」
「さっきまでの貴女の顔を見てりゃ、誰だってそう思いますよ。すっげえ深刻そうな顔、してましたし」
「そ、そうですか……?」
「そうですよ。……ま、でも。エクソシスト様も、俺らと同じように悩んでるんだなってことが分かって、ちょっと嬉しいですよ」
「嬉しい、ですか?」
「ええ。だってエクソシスト様といったら、法力なんて特別な力が使える方々でしょう? そんな力がある方は、悩みなんか持ってねえもんかと思ってました」
「……そんなことは、ありません。いくら特別な力を持っていようが人間には変わりないんですから、思い悩むことだって普通にあります」
「言われる通りですね。それでも、俺たちは今を生きていかなくちゃいけない……」
「そういうことなのでしょうね……」
生きたいと思うのなら……例えどれほど辛かろうと、生きていかなければならないのだから――
アンリは、火を消していた松明を持ち上げた。
「もう大丈夫です。そろそろ行きましょう」
「……本当に大丈夫なのですか?」
「長いこと休ませてもらいましたし、体力も戻ってまさあ。それに急がねえと、夜が明けちまう。そうなったらエクソシスト様だって困るでしょう?」
「それは……そう、ですが……」
「なら早く行きましょう。ぐずぐずしてたら、日が昇っちまいます」
「……分かりました。でも辛くなったら、ちゃんと言ってくださいね? 巣の近くまで来たら、私だけで向かうことだってできるんですから。……それとさっきの話ですが、報告だけなら私でもできると思います。領主も教会も、この村の現状さえ知っておけばいずれ対処してくれるでしょう」
「色々と気遣ってもらって、すみません」
「いえ、私にできるのはこれくらいですから……」
リンダも立ちあがり、焚き火を消す。
再度二人は、森の中を進み始めた。
「……けどね、エクソシスト様」
そんな中、アンリは呟く。リンダに聞こえない声で。
「いずれ助けてもらうんじゃ、遅いんですよ……」
様々な想いが込められたその声は、人知れず夜の闇に溶けていった。
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「ここです、エクソシスト様」
アンリに先導され、リンダは
「ここが、アンデッド共の巣です」
ついに、目的の場所に辿り着いていた。
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