夏の章 「星屑を探して」

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夏の章 「星屑を探して」

 夏休みに入って一週間が過ぎた七月の末、有坂 空は入金されていたアルバイトの給料と今までの貯金を全て引き出し、少し浮かれた気分で自転車を走らせていた。  真っ白な入道雲がもくもくと青い空に様々な形を描いている暑い夏の日だった。  汗を額に浮かべ、目的地に着いた空は自転車を丁寧に停めると、その光学機器専門店のガラス扉をそっと開いた。  空が貯金を全て引き出したのには理由があった。  一年前からバイト帰りには必ずショーウィンドゥを覗き込み、憧れていた自動追尾が赤道儀に内蔵された口径三十センチの反射式天体望遠鏡を購入するためだった。  冷房の効いた店内に入ると、ひんやりとした空気がドキドキしていた空の気持ちを少しだけ落ち着かせてくれた。  何せいつもは外から眺めているだけで、店内に入ったのは初めてだったからだ。  この専門店は店構えも至極立派で、東京や大阪、全国に幾つかの支店がある。  プロのカメラマンやマニア御用達の店でもあったから、高校生の空には少し見ていこう、などというような冷やかし半分の気持ちで店に入ることは出来なかった。  しかし、空は細かな部品の取り寄せやアフターサービスが充実していると評判のこの店で、おそらく自分の宝物になる天体望遠鏡を購入しようと随分前から決めていた。 「いらっしゃいませ」  奥にあるカウンターのほうから涼しげな女性の声が聞こえると、又、胸がドキリとした。  だが、今日は総額三十万円以上の望遠鏡を買いに来たんだ。冷やかしの客じゃないんだ、と自分に言い聞かせながら、ちらりとカウンターに顔を向けた。  その瞬間、カウンター越しに空の姿をじっと見ていた女性が話し掛けてきた。 「あれ、もしかして有坂くん? E組の有坂 空くんじゃない?」  何故、こんなところで自分のフルネームと、しかも学校のクラスまで知られているのかと怪訝に思った空はカウンターに歩み寄りながら声の主を見た。 「あれ? 君は確か……」  そこにいたのは同じ高校の同級生、荻原 舞だった。隣のクラスなので廊下でよくすれ違うこともあり、顔と名前は知っていた。 「あ、やっぱり有坂くんだ。こっちに来て腰掛ければ? アイスコーヒー出すわよ」  彼女に勧められるまま空はカウンターの椅子に腰掛けた。 「えっと、D組の荻原 舞さんだよね」  彼女はぱっと顔を輝かせた。 「ありがとう。嬉しいな、名前を覚えていてくれて。ちょっと待っていてね」  うきうきとした様子で舞はカウンター奥へと入っていく。  店の制服なのか、淡い紺色のボレロと白いブラウスが随分大人っぽく見えた。 空が椅子に座ったまま辺りを見廻すと、壁には月面写真や土星、木星、様々な銀河や星団のパネルが飾られていた。
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