0. 西の都の百薬長者

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 そんな私は、ティグリスという大陸西部の大都市に店を構えている。  そこは、家柄や剣の強さなどは一切重視されず、金だけが全ての価値基準となる商売の街。  宝石、武器、高級食材、衣類、奴隷用魔族などの様々な商品が売られており、金さえあればここで手に入らないものはないというくらいだ。  世界一の軍事国家であるルドベキア帝国も御用達で、その他にも様々な国と取り引きがあるが、この街はどこの国にも属していない。  街でありながら一つの国家ほどの規模を有する独立した自治体で、商業組合が政治的な機能を果たしている。  街の長となるのは最も高い売り上げを誇る商人と決まっており、トップ層の豪商たちは経済的利益のみならず政治的権力を求めて日々競い合っている。  私の店は個人経営の小規模なもので、そういった争いとは無縁だが、それでも百薬"長者"と呼ばれるほどに収入は莫大だ。  なぜなら、この街には医師がおらず、全ての重傷・重病患者が私の薬を頼りにするからだ。  独占禁止条例があるため同業者も一応街には残っているが、扱う薬の種類や薬師としての腕前・知識の差に比例して売り上げは天と地ほどの差がある。  そして、健康・医療分野における競争ではほぼ無双状態にある私のことを良く思わない者も当然存在している。  それは、この街にはもう不要になった医師たちだ。  彼らは私が店を留守にしている隙に、失業の腹癒せに店の壁へと落書きしたり、汚物を玄関前に置いたりといった悪質な嫌がらせをしてくるが、私は特に気にも留めていない。  今日もこれから薬の材料を遠くの山へと取りに行くが、店番を雇うなどの対策も特にせず、一人荷物を背負い扉に施錠をして街の外へと繰り出すのだった。
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