0. 西の都の百薬長者

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 私が扱う薬は全て手作りだが、材料にしているのはどれも調達困難なものばかりで、中には入手に命の危険を伴うものも少なくない。  そのため、街へ持ち帰れば高値で取り引きできることがわかっていても、相当な命知らずの商売人でもない限り仕入れたがらないのだ。  なので、品揃え豊富な商売の街でもそう簡単には手に入らず、どうしても必要な材料はこうして自力で取りに行くしかない。  それだけ稀少な材料を用いているからこそ、誰にも真似して作れない良薬や奇薬、珍薬を生み出せるわけなのだが、内心では誰か代わりに調達してくれる人がいればどれだけ楽かと毎回思いながら野山に分け入っている。  そして、今から調整するのは"獣王の(たてがみ)"ーー獣人系魔族の中で最も危険とされる種族・獣王族の頭部に生える黄金の毛だ。  獣王族は体毛の細胞内に微小な蓄電及び放電のための器官を備えており、金色に光る鬣には他の部位の体毛の何十倍もの量が備わっている。それを乾燥させて粉末にすると、生物の神経伝達速度を加速させる成分を抽出することができ、濃縮して牡丹の花の薬液に溶かすことで身体能力を飛躍的に向上させる効果が得られる。  その薬ーー名付けて"獅子牡丹(ししぼたん)"は私が店で扱う数多の薬の中でも二番目の売り上げを誇る看板商品であり、元々は衰えた身体機能を回復するために開発したものだったが、今では魔族狩りなど戦闘を生業とする者たちには欠かせない薬として広く普及している。  黄金の鬣を持つ獣王族は毛皮を狙う人間たちに虐殺されて絶滅の危機に瀕しており、今はティグリスの都から十里ほど離れた山奥の秘境に隠れるように住んでいるが、相当訓練を積んだ戦闘のプロでなければまともに戦うことが不可能なほどには強い。  そのため、私はいつも彼らが寝静まる夜に住処へと足を踏み入れ、暗闇に光る抜け落ちた毛のみを回収することにしている。  その際、毛を利用させてもらうお礼のつもりで毎回魔族が好む酒を置いて立ち去るようにしていて、そのことも私が襲われない理由の一つになっている。  私は今回も、道中でついでに拾った山菜やキノコなどを薬に使えるよう下処理をしながら、獣王の住処から一里ほど離れた場所にある洞窟で夜を待っていた。  夕陽が沈みかけた頃は外に出て目的地へと歩き始めれば、丁度良い時間になる。  でも、今夜は何故だかいつもと違って胸騒ぎがしていた。  「ぐおおおっ……」  静かな夜の山中に獣の咆哮が響き渡る。夜は深く眠りにつく獣王族が吼えているのは恐らく何か異変があった証拠だ。  私は少しでも早く彼らの元へと向かうため、酒入りの壺をその場に置いて身軽な体で駆け出した。
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