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1. 薬師見習いの少年
薬屋の朝は早い。窓の外が明るくなり初める頃、小鳥の囀りを合図に僕は目を覚まし、着替えて外に出てから汲み上げた井戸水で顔を洗う。
店の玄関の箒がけをしながら看板や壁に落書きや汚れがないかを確かめ、扉の立て札を裏返して"開店"の表示にすると、店内のカウンターを麻布で乾拭きして床の埃を掃き取る。
それらの準備が全部済んだら、天井からぶら下がった紐を引いて呼び鈴をからからと鳴らす。
そうして二階へ伝わった音でこの店の主は目覚め、まだ重い瞼を擦りながら店頭に姿を見せるのだ。
「おはようMs.ゴールド」
「おはよう、レオン。今日も開店準備ありがとうね」
店主は二十代後半くらいの女性で、姓はゴールド、名は教えてもらっていない。
やや長身の細身、色白で焦茶色の髪に赤い瞳をしており、世間的な基準では美人に該当する見た目をしているものの、恋人がいるような気配はない。
彼女は僕にとっての命の恩人で、拾われてから七年間もお世話になってきたけれども、出会った時から全く歳をとっているように感じない。
いつまでも若々しく、百薬長者と呼ばれるほどの貫禄も正直言って、無い。
「今日の薬はできてる?」
「待って、今から仕上げるわ」
僕が尋ねると、Ms.ゴールドは大きな壺に蓄えられた薬液に金色の粉末を振りかけて木の棒でかき混ぜ始めた。
あの粉は元々僕の髪だったものだけれど、あんなのを材料に使うなんて正気の沙汰とは思えない。とはいえ、実際に効果は絶大なようで、顧客からの評判はかなり良い。
「はい、獅子牡丹のできあがりよ。これを小瓶に詰めたら……外回りセットの完成!」
「それじゃあ、配達行ってきまーす」
四角い木製の薬箱には昨日のうちに作ってあったその他の薬がびっしりと入れられていて、そこへたった今淹れたばかりの獅子牡丹を三ダース加えると、僕はそれを背負って広い街へと繰り出した。
「あら、あれは薬屋のレオン君じゃない?」
「小さい体であんな重たい荷物を背負って、大変そうねぇ」
井戸端会議をする婦人たちが僕の方を見てこそこそと会話しているのが聞こえる。確かに、普通の人間たちの目には、まだ体の未発達な十二歳の子どもが背丈の半分以上もある大箱を背負って街中を巡る姿は過酷な重労働に映るだろう。
でも、僕は幸い普通の人間じゃない。Ms.ゴールドに飲まされている薬のせいで姿形は限りなく人間に近づいているけれど、正体は最強の獣人と称された獣王族の生き残りだ。
五感も身体能力も人間化の薬で鈍らされてはいるものの、それでも常人の数倍は優れている。
だから、薬入りの瓶がたくさん入った木箱も軽々と持ち運びながら街中を回ることができるというわけだ。
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