1. 薬師見習いの少年

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 「あら、いらっしゃい。小さな薬屋さん」  「ワインド婦人、おはようございます。いつもの美容液です」  「ありがとう。私がいつまでも若々しく、美しくいられるのはMs.ゴールドと、薬を届けてくれるあなたのおかげよ」  配達コースでいつも最初に訪れるワインド商店のご婦人は、薬を受け取り、僕の手に銀貨十枚を乗せると投げキッスをしてきた。  いわゆる美魔女というやつで、僕よりも遥かに大きい息子がいるとは思えないほどの見た目をしているけれど、人間はそもそも恋愛対象じゃないから少しも魅力を感じなかった。  「まいどあり。また来週持って来ますね」  「待ってるわよ。ちゅっ!」  二度目の投げキッスを背中で浴びながら、僕はワインド商店を後にした。  うちの美容液には不老の効果があり、若く美しい姿のまま生涯を終えたいという人に大人気だ。効能が永続しないため毎週配達をしているけれど、もし一回で済むなら生涯分の薬をまとめて渡したいところだ。  「さて次は……」  初めての頃は、この広い街を迷子になりそうになりながら、地図を見て必死にコースを回っていたっけ。  今ではもう街の地図は頭の中に入っていて、体も覚えているものだから足が勝手に次の行き先へと向かってくれる。  今日二番目に納品するのはブラウン家の屋敷だ。そこの若旦那は慢性的な頭痛に悩まされていて、ひと月分の鎮痛薬を毎月の頭に届けている。  「いらっしゃい、レオン君」  「お邪魔します、ブラウンさん。いつものお薬です、どうぞ」  「おお、ありがとう! これのお陰で一ヶ月乗り切れそうだ……」  ブラウン氏はいかにも高級そうな鰐革の財布から銀貨二十枚を取り出すと、僕に手渡しながらこそっと小声で尋ねてきた。  「あの……最近は君ばかりが配達に来るけど、ゴールドさんの顔をしばらく見てないなぁ、なんて」  「それじゃあ伝えとくよ! お兄さんが会いたがってたってね」  「ちょっと待って、今のは聞かなかったことにして!」  「わかってるって。まいどありー」  赤面する彼に手を振りながら、僕は屋敷を後にした。  ブラウン氏は見た目こそ小太りでお世辞にもカッコいいとは言えないけれど、この街有数の富豪だし、優しい心の持ち主だ。  彼だけでなく他にもMs.ゴールドに気がありそうな男性を何人も見てきたけれど、彼を含め、何故彼女は一切興味を示さないのだろう? 誰か心に決めた人でもいて帰りを待っているとか? それとも、元々男性に興味がないのだろうか?  考えたってわからない。わからないことはいつまで考えてても無駄なだけだ。  だから、僕は気持ちを切り替えて次の配達先へと向かった。  三軒目に行く途中、こちらをじっと見ているボロボロの服を着た女の子と目が合ったけれど、僕は気にせず通り過ぎた。
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