1. 薬師見習いの少年

3/7

13人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 「すみません」  街の西側に位置する集合住宅の一室に3番目の客はいた。古い木のドアをノックすると、目つきの鋭い長身の痩せた男が出てきて僕を見下ろした。  「例のブツ、持って来たな」  「はい、どうぞ」  「ありがとよ」  男は薬の瓶と引き換えに僕に金貨一枚を渡すと、中に入ってばたんとドアを閉めた。  これで、残るは朝に詰めた獅子牡丹のみだ。薬箱の蓋を閉めて背負い直すと、先程閉まったばかりのドアが開いて赤い服を着た美しい女性が街へと繰り出して行った。    「あの人の正体がさっきの怖いお兄さんだなんて誰も思わないだろうなぁ」  渡した薬の効果は、細胞レベルで生き物の姿形を一時的に変質させるというもの。獣王族の生き残りである僕が人間社会に紛れられているのも同じ薬の効果だ。    「それにしても、彼はこれからどこへ何をしに行くんだろう? うちの店じゃなきゃいいけど……」  ここ、ティグリスの都では金こそが全てだ。銅貨一枚でも多く持っていればその者が正義となり、持たざる者は悪となる。  そんな薄汚れた社会の中だと、富と権力を欲するあまり彼のような裏社会の人間を雇ってまで商売敵を暗殺したり、スパイとして送り込んで情報を盗んだりする極悪商人も当然のようにいる。  まあ、この街で成功している大抵の商人はこれから訪ねるMr.ストロングのような屈強な用心棒を雇っているから簡単に殺されるようなことはないのだけれど。  でも、うちの薬屋には用心棒がいない。  Ms.ゴールドは医師連盟から恨みを買っているし、今は落書きや汚物撒きでなんか済んでいても、そのうちあんな物騒な人間を雇って送り込まれるんじゃないだろうか? などと、あのアウトロー男のもとを訪ねるたびに考えてしまうのだった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加