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 家族写真の年賀状を前にして摩莉子は、返信に何とコメントを書くか、考えあぐねていた。      あの披露宴も、池沢さんは私の物よと世間に知らしめる目的だった気がする。  電気カーペットの事故事例には、電熱線が折れたり、針金を刺したりすると、電熱線がショートして発火の恐れがあると注意書きがあった。特に、ダニ対策用の高温に設定すると発火の確率が上がると。さらに、アロマオイルや化粧品などの油性の液体を溢すと危険なので、ラグを洗濯するようにとも書いてあった。  千里が、池沢が不在の日を狙ってアパートに行き、電気カーペットの電熱線に安全ピンを刺し、ラグにアロマオイルを染み込ませたんじゃないのか。陽子が踏んだ安全ピンは、千里がテスト用に仕込んで取り忘れた物じゃないか?  火事の当日、全ての仕掛けを終えた千里が帰ったあと、熱を帯びた安全ピンが電熱線をショートさせ、アロマオイルに引火して一気に燃え広がったら……。  安全性検査に詳しい千里なら、簡単にできることだ。ただ、千里が故意にオイルを染み込ませたのか、綾乃がうっかりオイルを(こぼ)したのかは、警察にもわからないだろう。  家族写真の中で、屈託のない笑顔を向ける池沢と赤ちゃんの横で、張り付けたような笑顔で微笑む千里。  綾乃の霊に訊けば、何かわかるかもしれないが、もし自分の推察どおりに、千里が二人を殺めていたとして、それを知った池沢や妹の春香、そして、千里が産んだ子どもは、果たして幸せだろうか。知らぬが仏という言葉もある。摩莉子は逡巡したが、正解がわからなかった。  ただ、返信に“お幸せに”とは書く気になれず、テーブルにペンを置くと、ベランダに出た。  いつのまにか降り始めた雪が薄く積もり、灰色の街を真鱈模様(まだらもよう)に、染めはじめていた。 — 終 —
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