2

1/1
前へ
/9ページ
次へ

2

 一年前のこの日、摩莉子は、昔の同僚の結婚披露宴に出席していた。  招待状が届いたのは、三か月ほど前の去年の十一月ころだ。白い封書を手に取り、裏面に目をやると、差出人に池沢賢治(いけざわけんじ)の名前が書いてあり、摩莉子は少し驚いた。賢治の名前の左隣りにある恩田千里(おんだちさと)という名前には見覚えがなかった。 「池沢さん再婚するんだ……」と独り言をつぶやき、同時に安堵した。  あれからもう四年も経つのかと思い、”出席”を丸で囲むと、”ご結婚おめでとうございます”と書き添え、すぐに投函した。   数日後、当時の同僚だった川嶋陽子(かわしまようこ)から”環さん池沢君の披露宴出席するの?”と、ショートメールが来た。出席する旨を返信し、お祝いの金額も陽子と合わせることにした。  披露宴会場の受付で陽子と落ち合う約束をして、当日を迎えたのだが、朝から摩莉子は、なぜか気持ちが憂鬱だった。漠然とした不安のようなものを感じたのだ。薄曇りのすっきりしない天気のせいか、たんに仕事の疲れなのか考えてみたが、それとも違う。せっかくのお祝いの日なのに良くないなと、自分を(いまし)めていると、 「環さん、いよいよ入場みたいよ」と陽子の声で、摩莉子は我に返った。  披露宴会場が一瞬にして暗転すると、ざわついていた会場が徐々にしんとなり、摩莉子は左手にクラッカーを握った。クラッカーの下から伸びた引き糸を右手の指先に巻きつける。同じテーブルの陽子や招待客たちも、摩莉子と同じように、クラッカーの糸を指先でつまみ、その瞬間をまち構える。  司会の男性が「みなさま、お待たせいたしました。新郎新婦のおふたりのお姿が見えましたら、どうぞ盛大な拍手でお迎えくださいませ。それでは、扉口にご注目ください」と、アナウンスをする。  大きなスピーカーから安室奈美恵の”CAN YOU CELEBRATE?”が大音量で流れると、暗闇のなかに突然スポットライトが差し、会場正面の扉が白く浮かび上がった。  扉が外側に観音開きに開くと、新郎新婦が来客に一礼し、会場に入ってきた。  一斉に「おめでとー!」の大合唱が起こり、クラッカーの破裂音に交じり、色とりどりの紙テープが宙を舞った。  眩しいライトの中、会場中央のひな壇に向かう新郎新婦に目を細めながら、右隣の陽子が「池沢君、本当によかった。ね、環さん」と、安堵を浮かべ(ささや)く。 「ええ、本当に。お幸せになってほしいですね」摩莉子も同調する。  池沢は、摩莉子が四年ほど前に勤めていた派遣先の社員で、当時摩莉子は、隣に座る陽子と一緒に、営業サポートを担当していた。  ひな壇の手前のスタンドマイクで、新婦の友人の女性がお祝いのスピーチを始めると、陽子が「新婦の千里さんて、例の事故があってから、ずっと池沢君のこと支えてきたんだって。いい子捕まえたわねえ」と、目を細めた。 「奥さん、献身的な人なんですね」 「そう。元々友達だったみたいだけどね」  昔からの知った仲なら余計に安心ねと摩莉子は思い、朝から感じていた違和感が少し(やわ)らいだ。  スピーチは締めに入ったようで、「新婦の千里先輩は会社では厳しく製品評価をしているので、新郎の賢治さんは、マイナス評価されないように、頑張ってください!」とジョークを飛ばすと、会場にどっと笑いが起きた。  何人かのスピーチが終わり、ひな壇の撮影タイムになった。 「環さん、行こ!」と、陽子がスマホとシャンパンの瓶をもって腰を上げる。摩莉子も後に続いた。 「池沢君、千里さんおめでとうございます!」  陽子が池沢のグラスにシャンパンを注ぎ、「さあ、ぐいっと」と、(あお)る。 「川嶋さんお手柔らかに」  池沢が苦笑しながらも、ぐっと飲み干す。  摩莉子はその様子に笑いながら、新婦の千里に歩み寄り、 「このたびはおめでとうございます」と、丁寧にお祝いを述べた。 「ありがとうございます」と、千里が笑顔を返す。少しキツそうだが、目鼻立ちがハッキリした美人だ。  その瞬間、摩莉子の背筋にゾクリと悪寒が走った。千里とは初対面だったが、その顔に見覚えがあったからだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加