さよなら東京

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「昔はそう思ってたよ。でも、最近は潔く諦めるよりも、無様でも続けるほうが大事だなって思う。旗揚げしたての頃は中二病的に27クラブに憧れてたけれど、今は早逝して伝説に残るよりも、かっこ悪くても生き残る方が大事だなって思うよ」 「お前、27クラブに憧れてたのかよ」 「その話は今は掘り下げなくていいだろ。当たり前だけど死んじまったら、諦めちまったら、もう二度と新しい作品は生み出せないんだからさ。だから、俺こそ反応が悪くても続けられるお前のほうが羨ましいよ」 「そんな買いかぶんなよ。さっきはかっこつけて意地なんて言ったけど、本当は惰性でしかないんだからさ。やめる勇気がないからダラダラと続けてるだけ。そんなんじゃ人に観られるわけないよな」  自嘲気味に口にする新星。ビールを一口飲んでため息をつく姿が、綾人にはどこか寂しげに見えてしまう。 「そんなこと言うなよ。続けてれば、いつか日の目を見るかもしれねぇだろ。俺みたいに諦めたら、可能性はゼロになっちまうんだからさ。お前は夢を追っている間は、何者かになれる権利を持ってるんだよ」 「何万分の一のひどく低い確率だけどな。俺以外にも演劇やっている奴なんてごまんといるし。別に演劇は東京じゃなくてもできるのに、みんな東京にしがみついてんだよ。みんな東京から離れられないんだよ」  シンセはさらに嘲るように続ける。まるで自分で自分のことを責めているみたいに。 「最近思うんだけどさ、俺ってもう東京の地縛霊だよな。声高らかに表現してみても、まるで見えてないみたいに誰にも見られない。成仏できない思いを抱いて、東京をさまよってる地縛霊なんだよ。俺みたいな地縛霊がウヨウヨしてる東京は、まるでゴーストタウンだよな。廃病院よりよっぽど気持ち悪ぃよ」 「お前、冗談でもそんなこと言うなよな。東京にいる一二〇〇万人、誰一人残らず必死に生きてんだからよ。お前だって例外じゃねぇ。生きてるくせにもう死んでるみたいなこと言うなよ。聞いてるこっちが悲しくなってくるから」  優しく諭すつもりが、図らずして叱るような口調になってしまう。これでは新星の傷口に塩を塗っているのと同じだ。  綾人は心配そうに新星の顔色をうかがう。だけれど、強く言われたにもかかわらず、新星の目元はかすかに緩んでいた。
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