さよなら東京

2/9
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「特別ボーナス合わせて六四億円かぁ。で、これで三連続だからまたスペシャルカードもらえるんだろ。次の目的地にもリニア周遊カードですぐに近づけるし。最初は同じ一〇〇〇万スタートだったのに、どうしてここまで差がついたのかねぇ」 「さあな。才能だろ。ほら、次の小田原駅は、お前の方が近いじゃねぇか」 「無理言うなよ。こっちはお前の井伊直弼に、カード封印されてるんだぜ」 「そうだった」  新潟駅の物件を独占して、綾人のターンは終わる。次はコンピューターである、さくま社長のターンだ。 「シンセ、まだ冷蔵庫に缶ビール入ってたよな。もう一杯飲むか?」 「ああ、適当に持ってきてくれ」  頼まれて、綾人は床から立ち上がった。振り返ってみると、窓の向こうはまだまだ暗い。多少日の出は早くなってきたとはいえ、三月六日はまだ冬なのだ。  キッチンに着いた綾人は躊躇なく、他人の家の冷蔵庫を開ける。中段に缶ビールがまだ二つ残っていて、取り出してみると程よく冷えていた。  「アヤトー、五月になったぞー」との声を受けて、リビングに戻る。新星に缶ビールを渡して、二人はゲームを再開する前に乾杯をした。プシュッと気の抜ける音。傾けると、生まれたての苦みが綾人の喉を刺激した。 「で、どうすんだよ」  自分のターンを終えてから、綾人は尋ねる。新星は「どうすんだよって何が?」と、とぼけた顔をしていた。 「劇団。これからも続けんのかよ」 「んー、続けるよ」  まるで朝の挨拶みたいに新星が何気なく言うから、綾人は軽く肩透かしをくらってしまう。  大学時代に出会った二人は、同じ地方出身者で演劇という共通の趣味もあることから意気投合し、大学三年の時に一緒に劇団「のはら」を旗揚げしていた。  他の学生が就職活動や大学院に進むための勉強をしている中で、二人はこつこつと演劇を作り続け、今に至っている。だが、七年続けても全く芽は出ていない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!