さよなら東京

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「そんなこと言ったって、今だって採算取れてないんだろ。次の公演もまだ決まってないし」  綾人以外の二人はカードを使えないから、ゲームの中の一ヶ月はあっという間に終わった。新星は青いマス目に止まっただけで、口元を緩めている。  夜更けの外は実に静かで、車一台通る音さえしなかった。 「それはバイトのシフト増やしたりして何とかするよ。いざとなれば、消費者金融から借りるって」 「これは純粋な疑問なんだけどさ、そこまでして続ける意味あんのか? 去年やった公演だって、十数人しか集まらなかったじゃねぇか。身内だけで、内輪ノリもいいとこだろ」 「続ける意味とか意義なんて、もうとっくになくなってるよ。あんのはここで終わってたまるかっていう意地だけだ」  新星は缶ビールを手に取る。口を離して出たため息には、くすぶる熱情が内包されていた。テレビから聞こえてくるゲーム音楽だけがやけに明るい。 「ショー・マスト・ゴー・オンって言えば聞こえはいいけどよ、単に未練がましいだけじゃねぇか。先月だって、劇団員一人辞めてったろ。『のはら』は始めたときから、ずっと果てしない下り坂を下ってんだよ」 「そうだよな。泥船だってことは俺も分かってる。だけれど、やめたところで人に誇れるような職歴のない俺に何が残るよ? しがみついている間は、俺はまだドリーマーでいられるんだよ」 「デイドリーマー。夢想家だけどな」 「違いねぇな」  七月になって綾人は再び目的地にたどり着く。賞金により、総資産は二〇〇〇億円を超えた。今日のゲームは何もかもがトントン拍子で進んでいく。にっちもさっちもいかない現実とのギャップをあざ笑うかのように。 「なぁ、アヤト。やっぱ東京に残るってのは、無理なのか?」  画面を見つめながら、新星は呟く。今年に入ってからというもの、ことあるたびに引き止められているから、綾人は何の感情も持たずに淡々と答えた。 「無理だな。俺、親がけっこう年いってからの子供でさ。父親なんて四〇超えてたし。だから、店二人で回すのに限界がきてて。俺が帰って手伝わなきゃいけないんだよな。もし続けんなら」 「店、秋田のどこだっけ?」 「秋田市。とはいっても、駅から遠くて車じゃねぇと行けないような場所にあんだけどな」 「そっかぁ。じゃあ一〇年に及んだ東京生活も、今日で最後だな。どうだったよ、東京は」  テレビはちかちかとバカみたいに明るい光を発し続けている。  ゲームが進んでいき、季節が瞬く間に変わっていくのを、綾人は感傷的な思いで眺めていた。ビールと一緒に込み上げてきたものを飲み込む。  暖房が効いた部屋は申し分ないほど暖かい。
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