さよなら東京

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「まぁ自由だったよな。人が呆れるほど多いから、何をしてもただのモブって感じで。最初の方は、誰にも見られてない感覚が心地よかったよ。近所づきあいもそこまでしなくていいしな」 「分かるわ。東京って全てが揃っていて、何も考えずダラダラと暮らすには最高の環境だったよな。俺も地元にいた頃は実家から一番近い劇場へは車で二時間はかかってたからな」 「実家、熊本のどのあたりだったけ?」 「かなり北の方。県民しかピンと来ない小さな町。それに比べると東京はちょっと電車に乗るだけで、数十か所もの劇場に行くことができて。本当、天国だと思ったよ。住み始めた頃は」  ゲームはもう大勢が決している。それでも雪が降り積もるなか、新星はサイコロを振った。しかし、一の目が出てしまい、新宿から新大久保までしかいけなかった。 「ただ、一度夢や目標を持って、モブからネームドになろうとすると地獄だよな。分母が大きい分、上位互換も掃いて捨てるほどいるもんな」 「それは、演劇始めてから俺も嫌というほど思い知らされたよ」 「そうだな。だけれど、そいつらでさえ何者かになれるのはそのうちの一握り。一人だけが勝ってあとは全員負けるトーナメントに参加してるみたいだった」 「地方出身者ってさ当たり前だけど、上京する前は東京の良い面しか見てねぇじゃんか。でも、それは氷山の一角に過ぎなくて、ちょっと潜ってみただけで、海の下は別世界なんだもんな」 「ほとんど地獄絵図だよな」 「確かにな。上を見れば成功者が眩しくて、下を見れば何者にもなれないモブたちが、押し合いへし合い蹴落とし合い。東京でうまく生きる一番のコツは、よくも悪くもバカでいることだよな」 「詐欺やキャッチに引っかかるほど、バカなのも考えものだけどな」  綾人は前のターンでリニア周遊カードを使い切っていたが、まだ新幹線周遊カードが残っていた。サイコロを四つ振ることができ、合計二〇マス進んで、目的地の岐阜にあっという間に近づいてしまう。
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