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「東京って底なし沼だよな。一度足を踏み入れてしまったら、快適がゆえになかなか抜け出せない。気づいたときには、水にまみれて窒息してる」
「確かに、誰でも受け入れる器量の広さはあるよな。泥の中には夢破れていった者たちの髑髏がってか」
「そう。俺もいずれはその髑髏の一つになるんだろうなぁ」
画面の中はまだ雪景色だ。見ていると、一月に東京でも大雪があったなと綾人は思い出す。
「シンセは熊本に帰ろうと思ったことはねぇの?」
「嫌だよ、あんな山しかないところ。俺、中学に入るまで映画館にも行ったことなかったんだぜ。誰が戻りたいもんかよ」
「まぁ気持ちは分からんでもねぇけどよ。でも俺は、東京は底なし沼っていうほどひでぇもんじゃねぇと思うけどな」
「じゃあ、何だよ」
井伊直弼の封印はようやく解けて、新星はカードを使えるようになる。だけれど、新星は持っている特急カードを使わなかった。今さらあがいてもしょうがないと思っているのか、まだ東京に留まっていた。
「俺はさ、東京って巨大なダムだと思うんだよな。水が満杯に入った。上京してくる奴って毎年いるだろ。特にもう少しすればさ」
「若者たちが何者かになれるっていう根拠のない自信を抱いてな」
「だけれど、これ以上水を入れるとダムが溢れちゃうから、入れた量と同じだけ放水しなきゃいけない。だから、東京を去っていくやつが毎年出るのは、当然のことなんだよ」
「そう考えることで、自分を納得させてるってわけか。夢を諦めて東京を去っていく自分を」
「まあそんなとこだな。曲がりなりにもガキの頃から憧れて、ここまで暮らしてきた東京を悪く言うことは、俺はしたくねぇし」
ゲームは三月を迎えて、地面を覆っていた雪は完全に融けだしていた。
二人が迎える最後の月である。岐阜まではあと六マスだったので、綾人はカードを使うことはせず、シンプルにサイコロを振った。ちょうど六が出て運よく綾人は目的地に入ることができる。東京で歯を食いしばってまでがんばってきた自分へのご褒美にしては、あまりにもささやかすぎるだろう。
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