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捕虫器の蟲は、電飾に触れた途端に燃え尽きて死ぬ。 終焉に奏でる音は、実に潔く美しいものだ。 バチバチと消える。 バチバチと存在を知らしめながら、あっけなく終わる。 バチバチ・・・バチバチと・・・。 露草色をした宇宙、とでも云おうか。 私はそこから見ている。 先程まで胎児だった私は既に覚醒し、自我を持ち、客観的に世界を見ている。 勿論、人格も形成されている。 私は統合の象徴。名前など要らない。 育ちは南九州の片田舎で、父は県議会委員。 病弱だった母親はとっくの昔に死んだ。 顔も知らない。 北九州国際大学文学部史学科を卒業した私は、東京の吉祥寺に住まいを借りて、本格的に執筆活動を始めたがうまくいかず、親の仕送りで食い繋ぎながら途方に暮れていた。 将来を悲観する毎日と、妄想に耽る好奇心が知らずのうちに私を蝕んでいった。 急速に覚醒したのは防衛本能だろう。 それでいて居心地の良い場所で、死生観に想いを巡らせているとは甚だ滑稽だ。 人間とは実にご都合主義である。 バチ・・・バチ・・・。 頭の中で音がしている。 ぎょろりとした目が、私を見ている。 くっきりとした二重瞼。 目頭は整形した痕が見て取れる。 薄く上品な化粧だが私は騙されない。 オマエは、そんな潤んだ瞳で何人の男を騙して来たんだ? 聞いてやろうか? 意気地がないなら私が聞いてやっても良いぞ。 冗談だよ、安心してくれ。 私はそんなゲスな人間ではないから、身体を楽にすればいいさ。 揺りかごを覚えているか? 忘れてしまったなら産湯の記憶でも良い。 あの頃の感覚に浸るべきだと私は思う。 どうしてかって? 君は限界なんだろう? ・・・バチバチ・・・バチバチ・・・。 面会室には女ひとりしかいない。 勾留されてまだ2日目だから、国選弁護人ではない。 だとしたら金は誰が払ったんだ。 あてもなく彷徨い続けた死に損ないに、弁護費用を工面する物好きがいるとは呆れる。こいつはただの出来損ない。 それ以上でも以下でもない。 薄汚れた壁と、脂で汚れた壁掛け時計。 その真下のパイプ椅子に腰掛けて、定まらない目線の死に損ないは、貧乏ゆすりをしながら女弁護人の質問に答えてはいるが、消え入りそうな声のせいで何度も聞き返されている。 こうした挙動不審な振る舞いも理解は出来る。 何せあの日・・・事件当日は眠らされていたのだし、都合よく脚色された記録だけでは、現実世界と対峙は出来ない。 だから私が覚醒したのだが、表に出る前にもう少しの間楽しもうと思う。 私だって、鮫島結城と云う人物を分析しなくてはならないし、良い素材は研究する価値はある。 ー素敵な物語が描けそうな逸材ー 鮫島結城はそうなり得る、秘めた何かを持っていた。 中性的な美貌と、艶やかでキメの細かい肌の質感。 見せかけの男の姿で女の色気を漂わせ、絡みつく長い指先で人の心をを惑わす。関係に至ったら最後、その甘美の沼からは這い上がれないだろう。 奇妙なことに、結城本人もそうだ。 一生もがき苦しむ自慰行為に、遂には果てて墓場へ入る。 後始末は蟲がする。 そうなるのを待ち望んでいるのか?  だから死にたがりなのか? 「鮫島さん、本当に何も覚えていないのですね?」 女弁護人の言葉に、結城の厚ぼったい唇は震えている。 ラズベリージャムのような質感。 触りたい。 私は問いかけた。 触ってもイイか? 「・・・だ、だれ?」 「触ってもイイかな?」 「・・・」 女弁護人は不思議そうに見つめている。 大きめの瞳。 青みがかった白目。 悪くない。実に健康的だ。 だが忠告しておく。 深入りはするな。 深入りはするな。 深入りはするな。 こいつはただの死にたがりの出来損ないだ。
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