第1章 ターリア

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 いくつもの年月が過ぎ去り、多くの命が生まれ、多くの命も消えていきました。栄えていく町もあれば、廃れていく村もありました。変わらないことと言えば、この世界の人々はずっと悪魔の恐怖に憶えて生活をしていることです。  多くの若者達が剣を片手に、悪魔を倒そうと立ち向かいました。ところが、どんなに体を切り裂いても、体を貫いても、悪魔が死ぬことはありませんでした。悪魔に刃向かった人々は次々と殺されてしまいます。悪魔の心臓が隠されているなんて、誰も気づけなかったのです。  悪魔の不気味な高笑いが夜中に響き、人々は恐怖に震えます。何日も、何ヶ月も、何年も、何十年も……。  それでも、人々は悪魔を倒すという野望を忘れることはありませんでした。家族や恋人、友人を殺された悲しみや憎しみを糧に、仇を取ると胸に誓い続けます。少しずつ、少しずつ、世界中の人々の強い思いは募るばかりでした。   そうやって、人々の思いが積み重なり、長い時間が過ぎ去ります。 ーーーターリアが悪魔の心臓を手に入れてから、300年の時が経ちました。  ターリアは同じ姿で、同じ場所で、ひっそりと生き続けていました。まるでターリアを隠すかのように、森は黒い荊が生い茂り、白い霧に包まれています。この場所を人々は「迷いの森」と名付け、決して近寄ることはありませんでした。   毎朝神へと祈りを捧げ、森に出ては木の実や果実を摘み、洗濯や掃除をし、黒の鉛筆で動物や植物の絵を描き続けたターリア。  300年もの間、誰もターリアの存在に気づく者はいませんでした。誰も、この森に近付く者はいませんでした。ターリアもまた、森の外がどうなっているのか知りもしないし、興味も抱きませんでした。村の人々に石を投げられる恐怖を抱き、自ら外の世界に行こうともしません。  黒い鉛筆と紙は使い切りそうになるたび、悪魔が届けてくれました。悪魔の話はターリアにとっては退屈なものばかり。 「また馬鹿な人間がワタシの命を狙ってきたが、返り討ちにしてやった」 「今日はある国の王様を殺してきた」 「皆が泣いて騒いで、馬鹿みたいだ」  悪魔が話すことを、ターリアは相槌を打つわけでもなく、ただ絵を描きながら黙って聞くだけでした。  そんなターリアに、悪魔はいつも同じことを言うのです。 「笑いもしない。怯えもしない。泣きも怒りもしない。お前は本当に悪魔のような人間だな」  そう言葉を残して、悪魔はいつも姿を消します。  「悪魔」と呼ばれても、ターリアは別に悲しくはなりませんでした。それがどんな意味であるかも、理解ができなかったからかもしれません。ターリアは構わず、毎日毎日、絵を描き続けました。  教会の壁や天井が、ターリアが描いた絵で埋め尽くされた頃。もう一枚も、どこにも飾る場所がなくなった頃。    悪魔以外の訪問者が、初めてやって来たのです。
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