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物音のしない教室の引き戸を開けた。静寂を滑らかに崩す瞬間である。
これといった用があるわけではないけれど、心配性の私は毎朝一番乗りだ。
片足を踏み出して即刻、悲鳴を上げそうになる。
私の席の隣に大きな人影があったのだ。
丸くなった目を擦る。なんだ、景崎君か。
遅刻を習慣的に仕出かす彼が、今日はいつになく余裕を持って登校していた。
「おはよう! 景崎君がこんな早く来るなんてびっくり」
「おめでとう」
意味が分からない。だがしかし、これは紛れもなく彼の平常運転。
会話は通じて「おめでとう」に始まり、皮肉で締め括られる。
その傾向が私に対してとりわけ顕著に見られた。
何もめでたくはないし、率直に言ってかなり面倒臭い。
すらっとした長身、端正な顔立ちが帳消しになるぐらい、性格に難があった。
「平井さんが今『おはよう』と言えているのは、
表情筋が問題なく伸縮している証拠だ」
屁理屈が酷い。しかも、それを真顔で淡々と発するから質が悪い。
私がとびっきりの笑顔で話し掛けたら、
大抵の男子は自然と口元が緩むはずなのに。
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