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とある女の子の話…「ありがとう」
「ギャロップ…!…ん?…ハイドー??…分かんないからいいや…ほらじゃんぷ!」
「?! ジャンプ?…」
「…そ、あそこの柵…」
「…!!!…無理…!!」
「…え…じゃあ、何であんな賭けしたのさ」
裏庭からそんな会話が耳に飛び込んでくる
話し声の相手は分かっている。
俺の幼なじみのシイと…学校の同級生の誰か。
名前は知らない。
あんまり重要じゃないから。
重要な事は俺の幼なじみと名無しの同級生が何らかのトラブルが原因で二次的トラブルが発生している事。
俺ら、マイノリティへの差別意識から来るトラブルなんだろうな…
俺はちょっとだけ溜息ついた。
…俺の前を走るシイの母親がその事を察しているかは分かんないけど。。
けど、本当はシイに「おめでとう」を言う予定だったのにな。
シイが、上の学校に行けるお祝い。
「寿ぎ」より先に「叱咤」を先にくらう事になるなんて…な。。
「…アンタ…!何やってんの!」
その母の怒声が我が子に降り注ぐ。
シイが少し驚いた顔で、母親と俺の顔を見つめた。
「…あ、母さん」
「あ、母さん…じゃないわよ!…何してんの!」
「何って、約束した遊びだよ」
悪びれた様子無く、シイが言い放つ。
…いや、悪気がないんだろう。。
幼なじみの俺にはそれだけはわかった。
「腕相撲の勝負に負けた奴が馬役になる話でさ…」
「で、シイが勝ったから約束履行して貰ってるって話?」
俺が軽く纏めて確認するとシイは嬉しそうに顔を綻ばせ、追加した。
「そ。…で、そこの柵を俺を乗せて飛び越えろって言ったんだけどさ…」
2メートルの柵をシイが指で指した瞬間、
「無理!無理!!…出来ない…!…死ぬ!!」
馬が…いや、馬役の男の子が叫び声に近い声色で抗議した。
「…出来るから、腕相撲勝負、自分から言ったんじゃないの?…オカシクない?」
「ヒイっ!!」
「馬、やるんなら、ギャロップとか、障害物超何て、想定内でしょー?」
「ヒイっっ!!!」
「俺だったら、出来ない約束、はじめからしないし」
あーやっぱり思った通り。
自分が負ける事を馬役は想定してなかったんだな。
筋骨隆々のガッチリ体型の馬役をまじまじ見つめたあと、俺はおばさんに小声で言った。
「相手の奴、シイが細身だからきっと舐めてかかったんだね。」
「…」
「…自業自得って事かな」
「…そういう問題じゃ無いの!」
おばさんの怒りが頂点に達したみたいだ。
ズカズカと「彼等」に歩み寄る
そしてシイが握っていた手綱を乱暴に強奪した。
「何すんだよ…!…返せ!!」
「ダメ!…もうやめなさい!!」
みるみる、シイの表情が険しくなった。
シイは母親似だから、似た顔の怒った顔が二つ並ぶ。
「止める?…何で?」
「…やり過ぎ!!…人の話を聞こうとしないのねっあんたはいつもっ…」
「『約束はきちんと守れ』って母さんがいつも言っている事だよ?」
「俺、ちゃんと守ろうとしてるし、母さんのさっきの質問にもちゃんと答えてたよね?」
「……っっっ!!」
「ちゃんとさ、やめろって言う、正当な理由言うまでやめない!」
そう切り返して手綱を奪い返した。
「あ、あ、あ、アンタって子は…屁理屈ばっか上手くなって!!!」
「出来ないかどうかやってみなきゃわからないじゃん」
「本人がそう言ってんだから仕方ないじゃない!!」
「俺なら出来るけど?…なあ、俺やって見せるから参考にしてトライしてみろよ」
母vs子、の諍いに変わったものに馬役が組み込まれる。
馬役は言い返す事無く、首を激しく横に振り、拒否を示す。
「やめなさい!」
「いや!…やめない!!」
手綱を奪い、奪い返しを繰り返しながら不毛なやり取りを5周程繰り返す。
6周目に入った時に俺は気づいた。
手綱…首に絡まってる。
俺が気付くと同時に、馬役が草の上に崩れ落ちた。
「…おいおい」
「ちょっと、君!大丈夫??…やだ、どうしよう!」
2人同時に手綱を離す。
こんな頓珍漢な事はこの親子の側に居れば通常運転だ。
「平和だな…」
俺は慌てる二人をアシストすべく、三人に近づいた。
****
「気づいた?…良かった〜!」
薄らと目を覚ます…名も知らぬ馬役におばさんが声を掛けた。
気づいたシイがおばさんの後ろからひょいと顔を覗かせる。
「大丈夫そうだね…!」
無邪気に声をかける。
「今日はもういいけど、次はちゃんと練習してこいよ!」
無邪気に言う辺り、彼との間の出来事について、シイに悪意はないんだろう。
むしろ、今回の事件を仲良くなるきっかけぐらいに思ってるかもしれない
俺は長い付き合いだからわかる。
「サンも一緒にやろうよ」
屈託ない笑顔を俺に向けて誘う
けど、目を覚ました彼は顔を硬らせ言った。
「…寄んな…!バケモン!!」
シイが呆気にとられた顔を見せた。
おばさんと俺はあちゃーっとした顔で見合わせる。
馬役は恐れ慄く様子で、ハンモックから降りる。
慌ててるせいか、本人の身体能力の問題か…その両方のせいだろう。
ハンモックからコケて絨毯と土の間に顔をぶつける様に落ちた。
顔についた湿り気のある土を汚そうに払う。
そして俺ら三人を同じ目で数秒睨むと一目散に逃げた。
「…なんだよ…」
サンが抑揚ない声で悪態をつく。
おばさんも「あーあ…」といった様子で溜息をつく。
他所様…馬役の奴らの土地に住む俺らは煙たがられてる。
世情で他所様の土地に入植を決められて従っているだけだとしても。
やっぱり目の上のタンコブなんだろう。
「お互いの違い」なんてもん、タンコブを大きくする要因でしかない。
…それは俺らが望んでなくてもだ。
****
「…話をしよう。…分かっているだろう?」
おじさん…シイのお父さんと家の出口で鉢合わせした。
俺とシイは孵化間近のカモの卵を見に行こうと出かける所だった。
シイが不満そうに口を尖らせる。
雛の顔を見れる楽しみのお預けを食らった事も原因だろう。
だけどそれだけじゃない。
先程のドタバタ劇の事で説教くらうとわかっているからだ。
「わかってるって…!…分かっているから仲良くしようとしたんじゃん!」
「…」
「結果上手くいかなかっただけでしょ!…俺が悪いの?!」
「…そういう話じゃない。。…私達一族の立場は君もよくわかっているだろう?」
シイが眉根を寄せる。
父親と目を合わそうとしない様子から察するに、父親の説教の真意を既に察してるんだろう。
俺らの現状のスペック…
盗人の子孫。
盗んだ土地に住み続ける恥知らず。
今では、先祖の罪を贖罪する入植者。
収容所というなの村に住む入植者。
そして俺やシイの予想を裏切る事無く、おじさんが高説を述べる。
「盗んだものを守らなければならない私達は身体能力も高くなっていった。
私達はそれを迷惑をかけた人々に返さねばいけないのだよ…その力をひけらかすなどもってのほか…」
「父さんは、その教え通りにやって、今は幸せなの?!」
「…」
「…行こう、サン。」
俺に背を向けた状態で、俺に一緒に家を出るよう、促す。
俺はおじさんに軽く頭を下げ、サンの後を追う。
*****
「見てほら。かわいい!」
「うん、ほんとに。」
ピイピイ泣く雛を前に、俺はシイと目尻を下げて笑う。
初めて雛を見た訳でもないのに、毎回同じ言葉を吐きながら笑い合う。
「サン、さっきはありがとう」
「…さっき?…どの話?」
「雛を見に行こうと誘ってくれたろ?」
「ええ?…ああ」
「…俺、色々心の中で渦巻いてて、すっかり忘れてたから」
「…ああ、、、その…色々慮ってのお誘いって訳じゃなかったんだけど…ね」
「…そう言う意味でのありがとうじゃないんだ」
「…じゃあ、どう言う意味?」
他になんかやったっけ…俺?
少し腑に落ちなくて怪訝な顔をシイに向ける。
すると、チョット照れくさそうに俯いてシイが言った。
「いつも側に居てくれて意味だよ」
こそばゆい
嬉しい
気恥ずかしい
そんな気持ち達が
ジワーっと心を埋め尽くす。
「今日…いや毎日か…痛い所サンに見られてるけど…例えば、怒られたとか、ズレまくってるとか…サンにならさ…見られても全然平気だ、って思った時気づいた。そういう存在って大事だなって」
そう言いきったサンの目には、さっき宿っていた卑屈な暗さなんて消え去っていた。
「そう言う意味で『いつも側に居てくれてありがとう』って事」
お返しに俺も言った。
「いつだって、いくらだって付き合ってやるよ。これからも。」
ずっとずっと、いつまでも長く、永く…は流石に望みすぎ…か。。
大人になるって変わるって事だし。
でも、もう少し続いてもよかったんじゃないか?
30過ぎた今でも、その「いつまでも」を望まない日はない。
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