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「今日は国語の先生の結婚式でした。先生の言葉です。『疲れたあなたにおめでとう』は」
俺は小さく口を開き、尋ねる。
「……先生の?」
彼女はうなずく。
「花と共に先生の言葉をあなたへシェアします。あなたの花は今ここに咲いています」
俺は目を丸くしたまま。彼女はそんな俺を見て焦り、はっとして耳を赤くした。
「急にごめんなさい。わ、忘れてくれていいです……それでは!」
「あっ……」
彼女は軽くお辞儀をして足早で去っていった。一瞬立ち上がって引き留めようとしたが、知りもしない高校生を引き留めるのはおかしい気がしてやめた。
彼女の背中はだんだん遠退いていく。ずっと見ていて彼女は変な人だなと……思えなかった。
俺はもらったピンク色のバラの花を見つめる。見つめているといつの間にか止まっていた涙がまた静かにこぼれた。
きっと彼女は勇気を振り絞ったのだと思う。
見知らぬ俺を遠くから見つけフードをかぶろうとマスクをつけようとも泣いている俺をどうにか勇気づけようと思ってくれた。
彼女にもらったその花はプリザーブドフラワー。
携帯で調べてみると水はいらないとのこと。
家に帰って洗ったペットボトルへ花を挿し飾ってみたけど、見ていると可哀想になって、次の日その花のために一輪挿しであるシンプルなガラスの花瓶を購入して玄関に飾った。
彼女が誰かは未だに分からない。
彼女も一年たった俺の顔は忘れていると思う。
一瞬の出来事だし、覚えていたとしても彼女の中ではもしかしたら恥をかいたという思い出のみで、一刻も早く消したい過去になっているかもしれない。でも辛くなったら俺はいつも柔らかく思い出す。
『疲れたあなたにおめでとう』
『今あなたの近くに一輪の花が咲きました。花が咲いているから可能性は無限大』
『あなたは大丈夫、花は咲いています』
彼女にもらった花のおかけで、会社には今も踏み止まれている。
今は入社二年目。
仕事は相変わらず悩みだらけ。真剣にこなしているつもりで穴が空いている時もある。でも半年前の泣くしかできなかった自分と今は違う。
今の俺は悩んだら前へ進めるようにこう思うことにしている。
『おめでとう。あなたの花は今咲きました』
彼女にもらった花は長持ちするプリザーブドフラワーといえ、枯れてしまう日がいつかくる。
でも変わらずに花を探し続けたい。
いつかこの一輪の花のような花をたくさん咲かせてみせる。そして咲いた花を誰かに差し出させたらいい。
コートのフードやマスクに隠れていないでちゃんと思いを表に出せたらいい。
あの時の彼女みたいに。
今日はふと一年前の出来事を思い出して仕事帰りに錦糸公園へ立ち寄り、泣いていたベンチに座ってみた。景色はあの頃のまま。
今はスカイツリーを見る余裕がある。
また彼女に会える奇跡なんておこがましく望んでいない。でももし彼女がこの出来事を覚えているのなら伝えたいことがある。
今は彼女がいないからこの景色へ心の中でそっと届けてみることにした。
『あの時は勇気あるおめでとうの花を俺に差しだしてくれて、本当にありがとう』
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