ヤクザの女

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車を取りに事務所を出ようとすると、島根さんが待っていたかの様に俺に近づいて来る。 恰幅の良い剃り込みの入ったヤクザ屋らしい風貌の島根さんが、子分を引き連れて顔を近づける。 「千尋。ちゃんと話つけて来たか? 」 「島根さん。いや……ちょっと勘弁して下さい。こっちも人手がなくて……」 俺の顔を覗き込む様に、男臭いテカった肌が視界に入る。 「あぁ? てめぇ誰に口聞いてんだ。さっさと和泉に話付けてこいや」 自分で直接言えや。と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、俺の胸ぐらを掴むセンスの悪いゴールドの指輪に視線を下ろす。 「……島根さん。そんなイジメないで下さいよ」 背後から和泉さんの声が聞こえる。島根さんはすぐに俺のスーツから手を離し、俺の肩を押す様に和泉さんの方に体を向ける。 「ああ。和泉か。こいつ躾がなってねぇな」 島根さんは重くずっしりとした手を俺の肩に乗せる。グローブみたいな太く短い指を乗せられた俺はそのまま動かずに、島根さんの手置き場となる。 「そうは言っても、俺んとこもこの間の件でパクられたり人手が足りないんすよねぇ」 「あー。俺も困ったよ。てめぇんとこの馬鹿な子分が一般人に手ぇ上げてよ」 島根さんが俺から手を離して、胸ポケットからタバコを取り出す。俺はすぐに和泉さんの方に歩き出した。 「……島根さん。これは極秘なんすけど。親父が島根さんのカジノの売り上げが少ないって言ってたんすよね」 和泉さんは島根さんのタバコに火をつけて、耳元で囁く。島根さんの顔は見ずに、低い声で微かに聞こえるように呟いた。 「それで……近いうち親父が売り上げ調べに島根さんのカジノに顔出すって言ってて、俺も一緒に行くんすよね」 和泉さんは胸ポケットからタバコを出して、島根さんのタバコに火をつけたライターの火を消さないまま、自分のタバコに火をつける。 「……何だよ? あ? 脅してるつもりかよ」 島根さんがタバコを咥えたまま和泉さんの顔を覗き込み、しゃがれた声で怒鳴りつける。 「……しのぎ大変すよね。ウチんとこも色々と厳しくて困りますよ。だから親父も随分と機嫌が悪くて……俺は島根さんが売り上げ誤魔化してるはずが無いって言ってるんすけど、偵察に行くって聞かないんすよね」 和泉さんは島根さんの顔を見ることもなく、内ポケットから携帯を取り出す。そして携帯を2、3いじってから直ぐにポケットにしまい直す。 「カジノに顔出す日……事前に連絡しますよ……めくられない様にうまいことやっておいて下さいよ。島根さん」 和泉さんは島根さんの耳元に顔を寄せて、目を見開き硬い視線で島根さんを見た。喉に絡ませるような濁った声が届く。 「ガサ入れも近いうち入るらしいって情報も回って来てるんすよね……それなんで、あんまりうちの若いの虐めないで下さいよ。島根さん」 和泉さんはそう言い終えると、一気に表情を緩めて島根さんに軽く頭を下げる。 「ちっ。親父が来る日、ちゃんと教えろよ」 島根さんは咥えたままのタバコから灰がほろりと落ちた。捨て台詞のように一言告げてから、Uターンをして事務所を出て行く。 「分かりましたよ」 和泉さんはゆっくりと煙をはいて、煙で顔が見えない事を利用し、下を向いて笑いを堪えていた。
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