139人が本棚に入れています
本棚に追加
和泉さんの背中には、子を抱いた慈悲観音が一面にあって彼岸花が添えられた刺青が彫られている。
真っ白な和泉さんの背中が群青に色付いて、慈悲観音が悲哀に満ちた顔で赤子を抱いている。
慈悲観音は空高く光り輝き、愚かな人間を見下ろし慈しんでいる様にも見えた。
「戒め」
和泉さんは自分の刺青のことをそう言っていた。
他人に裸を見せたがらない和泉さんの刺青を初めて見た時は、あまりのギャップに和泉さんの闇を見てしまった気がした。
和泉さんは盃を交わした人間には穏やかで優しい。愛情深く、他の兄貴たちから理不尽な目に合えば必ず守ってくれる。それは絶対的な信頼関係があるからで、もしも和泉さんに対し裏切り行為を行えば、全て返って来る。それを後悔と思えている間は良いもので、後悔を唱えているうちに命は絶たれる。
真意は分からないが、俺にとっては和泉さんの和彫りは和泉さんらしい物に思えていた。
和泉さんは頭がキレて金回りも良く、人情も熱い。しかし1つだけ欠点があった。
「おい。千尋っ。リサの家に送っていけ」
「えっ。良いんですか? 姐さんの店に行かなくて」
「リサが来てくれなきゃ死んじゃう。って言うからさー。雅には親父に呼ばれたとか言って上手いこと言っておいて。お前もそのまま帰っていいからよ。あ、明日、会合があるから雅に言って着替えもらってから迎えに来い」
「……分かりました」
和泉さんは優しすぎるせいか女に弱い。言い寄られてはふらふらと女を抱いて、甘やかし、死ぬ騒ぎにまでなって、いい加減手に負えなくなると姐さんが出て行って後始末をつけることもある。
少し前に和泉さんに相手にされず寂しさの余り自殺未遂を起こした愛人がいた。
最初のコメントを投稿しよう!