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「和泉の気に入ってるスーツ。クリーニングに出てるんだ。今から届けさせるから、千尋もちょっと中入ってお茶くらい飲んでいきな」
「あ。はい。分かりました」
俺は姐さんをマンションの前で降ろしてから地下駐車場に車を停める。2人きりになる事なんて今まで何度もあった。涙を見た日から俺の中の感情が意味を持ち始め、出来るのならば近寄る事は避けたかった。
車から降りて黒光りした車体に寄りかかる。タバコを胸ポケットから取り出して、口に咥え直ぐに火を付ける。吐き出した煙に胸のざわつきを押し付けて、姐さんの待つ部屋に向かう。
「相変わらず立派な花ですね」
真っ白な壁紙と大理石の床。眩しいくらい洗練された純白の世界に、自分達だけ色を持つ事を許された色彩豊かな花達が飾られている。
花瓶は分厚いクリスタルガラスが使われていて、これで殴られたら1発で死にそうで、和泉さんや姐さんを玄関先で怒らせる事はやめておこうと思う。
花の香りが体に染み付いたタバコの雑な匂いを掻き消す。花のある生活なんて考えた事もないが、和泉さんのマンションに来ると、鼻をつく化粧品や香水の香り、男達の野心の臭い、黒く染まった自分の身体を浄化させてくれる気もした。
「ふふ。似合わないだろ? 意外と好きでさ。小さい頃は花屋になりたかったんだよ」
「いえ。似合ってますよ」
俺が姐さんから視線を逸らしながら答えたのは、キザ臭い台詞が恥ずかしかったからではなくて、着物を脱いで、部屋着に着替え終わった姐さんがいたからだった。
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