願い星

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 少年はぼろぼろのマントをなびかせて、その光の先へ駆けて行きました。  それはバースデーケーキのロウソクよりも、キャンプファイヤーの炎よりも、宵の明星よりもずっと明るく、夜のとばりが下りた空をほうきのように横切っていきます。  これだけ明るい星が落ちるのであれば、その場所は一つしかありません。  ズワナカの谷、少年たちはそう呼んでいます。  ズワナカとは、小高い丘のてっぺんに立てられていた看板に書いてある言葉のことです。その場所で見下ろすと広い窪みがよく見えることから、いつしかそう呼ばれるようになりました。  そこは空に昇れなかった星が落ちてくる場所。看板の横で見下ろせば、落ちてきたたくさんの星が万華鏡のようにキラキラと輝いています。  今晩流れていた星は、ここのところで一番きれいな星でした。  マントの少年は知っていました。この光を見ることができる人は多くはありません。父さんも母さんも、この星の話をすればきょとんとしてしまいます。ですが、この星を見ることができる人が他に誰もいないというわけではないのです。  このあいだの星は、体の大きな男の子に持っていかれました。あのときも、星を最初に見つけたのは少年だったのです。看板の横から谷に向かって慎重に降りていったところを、あっという間に横から抜かされてしまったのでした。  だから少年は、きれいな星が現れればその行く末を見る前に、谷に向かって走ることにしていました。  星には二種類あります。  ひとつめは、空に向かって進んでいく星です。これはみるみるうちに遠くなって、夜空でかがやく星の仲間入りをします。少しだけ暗い星は小さな星に、明るい星は大きな星になるのです。  ふたつめは、まっさかさまに落ちてくる星です。これは途中まではひとつめの星といっしょですが、空にのぼっていくことはなく、そのまま谷へと落ちていきます。そうして、谷でキラキラと輝く、落ちた星のひとつになるのです。  空にのぼってしまった星をつかむことはできません。ですが、落ちてきた星は持って帰ることができます。この前見つけた星は、落ちていくのを見てから駆けだしていたから、横取りされてしまったのです。  マントの少年は一生けんめい走りながら、空を見上げます。暗い空を大きく流れている星が落ちてくるように願いました。  このまま星が落ちれば、きっと一番にたどり着けるはずです。このまま空にのぼってしまえば、全て水の泡になってしまいます。  少年の願いが通じたのか、星はゆっくりと減速して、まるで少年が投げたハンドボールのように、ひょろひょろと地面に向かって落ちはじめました。  ちょうど谷に着いた少年の目の前に、その星はぽとりと降ってきました。  谷には、今日もたくさんの星が降りつもっています。どれも日の光を浴びたガラスびんのようにきれいでしたが、今落ちてきた星は、ひときわかがやいています。少年は急いで谷底へと降りていき、その星を手にしました。  すぐに見せてあげなくっちゃ。少年は急いで坂をのぼり、あの子が待つ家へと駆けだしました。 * * * 「ほら、きれいだろ」  マントの少年がその星をかかげると、車いすの少年はぱっと顔を明るくしました。 「ほんとうだ。今までで一番きれい」 「いつものやるからさ、これでも飲んでいなよ」  マントの少年は、カバンからラムネのびんを取り出して、車いすの少年に手渡しました。近くの駄菓子屋で買って冷やしておいたのです。  車いすの少年の後ろには、両親が寝静まったリビングが見えます。そこには、両足でサッカーボールを器用に蹴る、今そこで車いすに座っている少年のたくさんの写真と、ぴかぴかのトロフィーが飾ってありました。  マントの少年はこっそりポケットにしまっていたライターを取り出して、星をちらちらとあぶりはじめました。こうするとそのうち、星はポップコーンのようにはじけて煙になってしまうのですが、その瞬間、いつだったか読み聞かせてもらったマッチ売りの少女のように、幸せな景色をひとつ見ることができるのです。  見ることができる景色は、星の明るさによって違います。  暗い星なら、例えば、誰かの夕飯が大好きな料理になるような、小さな幸せの景色が見えます。明るい星なら、例えば、誰かが夢だった漫画家になれたというような、大きな幸せの景色が見えます。  今日の星は、今までに持って帰ってきたどれよりも明るく輝いていました。二人の少年は、ちりちりと星が焼ける香ばしい匂いに包まれながら、その時を待ちます。  ちりちり、ぽん! 小さな音を残して星が弾けます。  特別にきれいな星が見せてくれる景色は、やっぱり特別なものでした。それは、彼らがほんとうに見たかった景色です。  いつもの景色に出てくるのは、どこかの知らない誰かでした。ですが、今回はマントの少年と、車いすの少年が出演しています。煙の中では、車いすの少年は、車いすの少年ではありませんでした。二本の足でしっかりと立って、サッカーボールを蹴っています。マントの少年から受けたパスを、ドリブルでつないで、ゴールネットをゆらす……。そんな素敵な景色が、くっきりと見えたのです。  煙がのぼっていくところを、二人はぼんやりと見送りました。知らず知らずのうちに、二人は幸せな笑顔を浮かべていました。 「すごいや」  車いすの少年は、きらきらとした顔で、もう見えなくなった煙の行く末を、ずっと見ていました。 「今晩、空にお祈りをしたんだ。……この両足が治りますようにって。また一緒にサッカーができますようにって。お星さまが叶えてくれるかもしれないって、そう思って。そうしたらね、君がこんなに素敵な星を拾ってきてくれたんだ。本当にありがとう」  手にしたラムネを飲み終えると、車いすの少年はマントの少年にびんを手渡しました。  駄菓子屋で何度も使われたその古いびんには、あの小高い丘のてっぺんにあった看板と同じくらい古いラベルが貼ってあります。そこには「ネムラ」と、そう書いてありました。
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