第701話

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第701話

 ドンの上から地上を見下ろしたアリスは、自身の光が強すぎて何も見えない事を悔やんだ。 「太陽は大変だなぁ~。な~んにも見えないんだもんな~」  最後の最後は暴れたかったアリスだが、仕方ない。アメリアの置き土産の人形たちはアリスがどれほど暴れたとしても淘汰するのに一週間はかかっただろうから。  アリスは立っているのが面倒になってドンの上にあぐらをかくと、大声で歌を歌いだした。  そんなアリスの歌に、ようやく光に慣れてきたドンが合いの手を入れだす。何とも陽気で呑気な太陽は、ゆっくりとフラフラしながら地上を照らし出した。     『リアン・オリバーチーム』  リアンとオリバーはノア達が待つ拠点までの道のりを、長蛇の列を引き連れて牛のようにゆっくりと歩いていた。  アメリアが居なくなったとは言え人形たちは今も襲いかかってくる。そろそろすすり減らしすぎた神経も限界に達しそうだ。 「はぁ、はぁ……ちょ、喉乾いた」  先陣切ってクローを振っていたリアンが言うと、統率の取れた騎士たちはすぐさま隙間を空けてリアンを後方にやってくれる。  リアンは列の中程までくると、首から下げていた防災頭巾を絞って水を飲んだ。 「明らかに使い方違うんだよね」  ポツリと言ったリアンの声が聞こえたのか、たまたま隣に居たレヴィウスの騎士が笑った。 「でも皆、既に水筒として重宝してますよ」 「そうなの?」 「はい。だって嵩張らないし水の鮮度も保たれるし、丁度良いみたいです」 「そっか……よし、それじゃあもう少しちっちゃいのを水筒って事にして売り出そう!」  徐ろにリアンが言うと、前方からオリバーの怒鳴り声が聞こえてきた。 「リー君!? 何呑気に次の商品開発してんすか! 水飲んだらさっさと戻ってきて欲しいんすけど!?」 「はぁ~い……はぁ……もう帰って寝たい……」 「もうじきですよ、リアン様」 「あんがとね。あんた達も怪我しないようにね」  言いながらリアンは渋々最前列に戻ると、目の前には未だ大量の人形たちが徒党を組んでこちらに向かってやってくるのが気配で分かった。  夜の闇の中では真っ黒に近い人形たちは見えづらい。人形たちはあっという間に列の側までやってくると、それぞれの武器を手に襲いかかってきた。 「まだこんなに居んの!?」  リアンが叫ぶと、松明を掲げていた騎士が何かに気付いたように叫んだ。 「武器と一緒です! 多分、こっちの真似してる!」 「はあ!?」  騎士の言う通りだ。松明の明かりを頼りに目を凝らすと、あちらも横一列に伸びているのが見えてリアンは愕然とした。 「厄介っすね……」  人形たちはこちらと違って疲れ知らずだ。そもそも疲れるという事を知らないのでずっと全力で殴りかかってくる。  オリバーが人形の攻撃を受けながら額の汗を拭ったその時、突然辺りがドン引きするほど明るくなった。それと同時にこの場にそぐわない呑気な歌が聞こえてくる。  何事かと思って空を見上げると、はるか遠方に何やら太陽のようなものがフラフラしながらこちらに向かってやってくるのが見える。それと同時に大音量で下手くそな歌が聞こえてきた。 「いと~しの~姫君~とこしえの~王妃~その偉大なる名はキャロライン様~」 「ギュッギュ~」 「!?」 「え……こわ……太陽落ちてきてるし地獄の讃歌聞こえるじゃん」  近づいてきた太陽のような光を直視する事が出来なくて思わずリアンが呟くと、オリバーがリアンを小突いた。 「アリスっすね……」  二人は顔を見合わせて後ろを見ると、そこには今しがた飛んでいった異様に光る玉と、一瞬で消えてしまった人形たちの列を見て呆然としている騎士が佇んでいた――。   『キャロライン・ティナチーム』  ペガサスに跨ったキャロラインは、わかりやすいように松明を掲げて大空でティナが来るのを待っていた。  しばらくすると、何だか既に疲れ果てた様子のティナがフラフラとやってくる。 「ティナ! どうしたの? 何だか凄くやつれているわ」 「ああ……アリスの光を直に見てしまってな……まだ目がチカチカする」  やはりアリスの光はアミナスの比ではなかった。ティナは目をこすりながら苦笑いをした。そんなティナにキャロラインは微笑む。 「だってアリスだもの。凄かったのでしょうね」 「それはもう……言葉には言い表せないほどにな」  言いながらティナはキャロラインを見て引きつった。笑っていられるのも今のうちだ。ティナはそんな言葉を飲み込んで、キャロラインが率いている列を見た。  他の列とは違い、ここの列は異様に士気が高い。よくよく耳を澄ませると、あちこちから聖女をお守りするぞ! という声が聞こえてきた。 「はは、ここはアリスが来なくても大丈夫そうだな」  思わずティナが言うと、キャロラインは申し訳無さそうに視線を伏せた。 「私も皆と一緒に歩いて戦うわ、と言ってるのに皆歩かせてくれないのよ」 「そうだろうな! いいじゃないか。お前はたまに氷を落として皆の士気を上げてやれ」 「そうね。何だか本当に申し訳なくて……でも、私がフラフラ歩いていても邪魔になるものね。だったら――いたっ!」  キャロラインが言い終える前に、何かが前方から飛んできた。それは誰かの真似をしたのか、人形が投げた小石だった。 「キャロ! 大丈夫か!?」  ティナが急いでキャロラインの顔を覗き込むと、キャロラインの頬にうっすらと血が滲んでいる。それを見てティナは青ざめた。 「怪我をしているじゃないか! すぐに手当する!」  そう叫んだ途端、地上に居た味方の列がキャロラインを守るように動き出した。それと同時にあちこちから怒鳴り声が上がる。 「聖女が怪我をしたぞ! お前ら、絶対にゆるさん!」 「なに!? 聖女が怪我!? お前たち、聖女をお守りするぞ!」 「聖女が怪我したって?」 「聖女が大怪我を負ったそうだ!」 「聖女が瀕死!? なんてことだ!」 「聖女が亡くなった!? 嘘だろう!?」  伝言ゲームのように列に伝搬した情報は、最終的には聖女は仲間を庇って敵の弓を受けて召されたという話になり、そのせいで味方が暴走しだした。  けれど暴走をしても騎士は騎士である。顔に傷を残さぬようにと丁寧にキャロラインの手当をするティナと治療を受けるキャロラインを置いて、一矢乱れず敵の列と正面からぶつかりあった。  そんな列を後ろから眺めていたキャロラインがポツリと言う。 「私、生きているわ」 「ああ。頬を少し切っただけなんだが……ちょうどいい。キャロ、少し転がっていろ」 「ど、どうして?」 「お前はあそこまで士気を上げた騎士たちを止められると思うか? それに都合がいいじゃないか」  カラカラと笑うティナを見てキャロラインは困ったように肩を竦めると、その場に寝転んだ。列の方から「聖女の敵!」などと聞こえてくる。  この状態で目を覚ましたらきっとまた大騒ぎをするのだろうな、などとティナが考えていると、ふと視界の端がじわじわと明るくなってきた。 「ねぇティナ……何だかあっちが物凄く明るいのだけれど、あれは誰の魔法かしら?」  ふとキャロラインが言うと、ティナは顔を上げて突然怒鳴った。 「皆! 目を閉じろ! 早く! 目を焼かれるぞ!」 「え? ど、どういう事!?」 「お前もだ! 早く目を閉じるんだ!」  あまりのティナの剣幕にキャロラインは慌てて目を閉じた。すると、次の瞬間呑気で音痴な歌らしきものがキャロライン達の耳に届く。 「おお~キャロライン様~愛しのキャロライン様~あなたは太陽のように眩くて~空気のように愛おしい~」 「ギュギュ~」 「まさか……アリスなの?」 「ああ。あいつにかけた魂の可視化の魔法だ。絶対に直視するなよ!」 「え、ええ」  目を閉じていても分かる。瞼の向こう側が一瞬で真っ白になっていくのが。それと同時に何だか不気味な歌が聞こえてくる。ところどころに自分の名前が出てくるようだが、聞いているとどんどん不安になってくる旋律は呪いの歌にも似ていた。 「あの歌……もしかして私を歌っているの?」  キャロラインが目を閉じながら不安げに言うと、ティナも目を閉じながら答えた。 「あれか。あれはキャロライン様に捧げるキャロルだ。毎晩寝る前にアミナスとアリスはあれを歌っているらしいぞ。ちなみにあの歌を他の者達は地獄の讃歌と呼んでいる」 「私もしかして呪われているの!?」  思わず起き上がったキャロラインを見て、騎士の一人がワッと声を上げた。 「せ、聖女が生き返ったぞ!」 「なに!? 聖女が生き返っただと!?」 「今の不気味な歌と光が聖女を生き返らせたぞ!」 「聖女が光とあの歌で生き返ったそうだ!」 「あれはアリスの歌だろう!?」 「間違いない! アリスの歌が聖女を生き返らせたんだ!」 「うおぉぉぉ!」  騎士たちの間にまたも伝搬していく情報にキャロラインとティナは唖然とする。 最終的には「王家のガーディアンであるアリスは今もキャロラインに忠誠を誓っていて、キャロラインが倒れると地獄の旋律を使って蘇らせる」などとおかしな方向に向かっていたのだが、それを止める術をキャロラインもティナも持っていなかった。  ふと見るとあれほど居た人形たちは綺麗さっぱり消えていて、皆はさらに愕然としたのだった――。   『アラン・ニコラチーム』  アランとニコラは拠点までオズワルドに送ってもらって、その場でアンソニーとカールが到着するのを待っていた。 「はい、出来たよ~。即席の塩とこしょうと豚肉と野菜のスープとおにぎり」 「あ、ありがとうございます、ニコラさん」 「いえいえ、どういたしまして」  そう言ってニコラはアランに薄いスープが入った器を手渡すと、その隣に腰掛けた。 「いや~まさか拠点に調理道具と食器と食材を用意するとはね。流石カイン宰相だね」 「言い出しっぺはルイスのようですが、ありがたいですね、これは」  冷え切った体にスープが染み渡る。自分たちが地上で戦っている間、地下に居たルイスとカインは休憩場所をあちこちに設置してくれていたようで、そこには各種調味料とディノの食在庫から持ってきたであろう食料が置いてあった。  おそらくルイスがアリスの為に用意しようと言い出したのではないだろうかと推測するアランだ。  ここにはどうやら結界と目眩ましの魔法がかけてあったようで、人形たちはここへは入って来られないようになっている。 「君の仲間たちは優秀だね」 「それはお互い様ですよ、ニコラさん。私達がこの戦いに加担していたよりもずっと長い間この星を守っていたのは、他の誰でもないあなた達なんですから」  アランの言葉にニコラは笑った。 「そういう所も当時のアランにそっくりだ! そうだ、丁度いいから昔話を少しだけしてあげるよ。僕が知ってる当時のアラン君はそれはもうお人好しでね。稀代の魔法使いシャルルと同じぐらい魔力に長けた人だったんだ。この二人が一国に居るってだけでもう周りの国には牽制になってたんだよ」  懐かしくて目を細めたニコラにアランは頷いた。 「でもシャルルとアランは恋敵でさ、当時はその相手がどこの貴族の令嬢だって物凄い噂だった。遠く離れたメイリングにまでその噂が流れてきてさ、それはもう大変だったんだよ。それからしばらくしてシャルルがその恋を勝ち取ったって噂が入って、その後すぐに今度はシャルルが死んだって噂が流れた。シャルルがどれほどの影響力があったのかって言うと、その噂が流れた直後、今のレヴィウスでもメイリングでも、喪に服す者が居たぐらい有名人だったんだ。でもそれはシャルルだけじゃない。君もだよ、アラン」 「そうなのですか?」 「ああ。君が恋に破れたと知った人たちは他国の人の事だというのに君を思って嘆いていたからね。それぐらい君たちは影響力があった。それは何故かと言うと、君たちはその魔力を私利私欲には決して使わなかったからなんだ。いつも国や民を守るためだけに使っていた。そんな姿勢は他国にまで評判になっていたんだ。実際兄さんは何度か当時の君やシャルルを引き抜こうとしたんだけどね、駄目だったね。理由はなんだと思う?」 「えっと……すみません、分かりません」  正直に言うアランにニコラは笑った。 「ははは! あなたの国にはアリスが居ないから、だったんだよ」 「えぇ?」  流石にそれはないだろう? アランはそう思ったのだが、心から否定出来ない程度には自分もシャルルもアリスにぞっこんである。そんなアランを見てニコラは声をだして笑った。 「いや、そんな顔になるよね? 兄さんも戸惑ってたよ。まぁ多分君たちなりの冗談だったんだろうけどさ。兄さんはあの調子だからそれ以上しつこく勧誘はしなかったんだ。だって、愛する人が居ないって言うのは何よりも辛いって事を兄さんは知ってたからね。シャルルが居なくなって、うちもレヴィウスもルーデリアの守備が甘くなったと考えた。でもやっぱり君には敵わなかったんだ。力では当時シャルルが上だって言われてた。でも本当はそうじゃなかった。君はシャルルほど目立たない存在だっただけで、実際の魔力は君の方が数段上だった。それを知った僕たちは、結局やっぱりルーデリアには手を出せなかったんだよ。君は最後まで国を護り通した。晩年は後継者の育成に力を入れてたよ」 「そうだったんですね……」 「うん。今の君を見ているとあの頃の君をよく知らなかった僕でも分かる。君はきっと当時から今までずっと、優しくて強い人だったんだろうなって。その魔力をずっと人のために使ってきた人なんだろうなって。君たちは不思議な事にあの当時のままの面子でこうしてまた集結している。これはもう、運命なんだろうね」  昔を懐かしく思いながらニコラが言うと、アランが言いにくそうに視線を伏せた。 「いやぁ……それはどうでしょうかね……」 「どういう意味?」 「僕たちが今回の人生でここに至るまでに、それはもう長い道のりがありました。昔の僕の事を聞かせてくれたお礼に、この戦争が終わったら全てあなたにお話しますね。きっと、驚くと思います」  アランが言いながら立ち上がると、ニコラも目を輝かせて立ち上がる。 「前に兄さんが言ってた奴だね! それは楽しみだ」  にこやかに言って視線を移した先には、アンソニーとカールが率いる列がコチラに向かってやって来ていた。   『アンソニー・カールチーム』  そろそろニコラ達の居る拠点に辿り着くはずだ。アンソニーは指笛を吹いてはるか遠くに居るカールに合図した。すると、列はゾロゾロと移動して陣形が変わる。 「父さん、本当にあそこに居るのですか?」  息を切らせながら駆け寄ってきたカールにアンソニーは剣を仕舞いながら頷いた。 「そのはずだよ。スマホの位置情報は間違いなくあそこになっている」  そう言ってスマホを見せたアンソニーにカールはようやく納得したように頷いた。 その顔はどこか強張っている。  カールは幼い頃は天真爛漫でやんちゃな少年だった。それなのにアンソニーが早くに王の座を退いて全てを幼いカールに押し付けた結果、こんなにも慎重な大人になってしまった。  それもそのはずだ。カールは子どもの自分に無理やり蓋をしてアンソニーの代わりを努めてくれていたのだから。 「カルロス」 「?」  突然アンソニーに本名を呼ばれたカールが思わずアンソニーを凝視すると、アンソニーはいつになく真顔でカールに言った。 「今まですまなかったね、僕の我が儘で君に全てを押し付けてしまって」 「な、何を突然……」 「突然ではないよ。ずっと思っていた事だ。僕が八重を見つけたいが為に国も家族も全て捨てて君に押し付けた事は、絶対に許される事じゃない」 「ですが、父さんが国を捨てたのはそれだけではなかったはずです。あなたはこの星を守ろうとしていた。それに私はあなたに捨てられただなんて思っていません」 「そうだね。でもそれは後付だ。僕は八重が消えたあと、全ての事がもうどうでもいいなどと考えてしまったんだ。最初から星を守るなんて高尚な考えがあった訳じゃないんだよ」  拠点を目指しながら歩くアンソニー達の目の前で騎士たちは今も人形と戦っている。流石にずっと先陣を切って戦い続けたアンソニーにも疲れの色が見えてきた。だからだろうか、突然こんな話をカールにしたくなったのは。  そんな事を言って視線を伏せたアンソニーの背中を、突然カールが拳で殴りつけてきた。ふと顔を上げると、そこには子どものように涙を浮かべたカールがこちらを睨みつけている。 「そんな事を今更言わないでください。確かに私は今までにも何度か、もしも母さんが生きていて普通の人生を送っていたらと考えた事があります。私も何もかもを犠牲にしてここまで来た人間ですから。ですが、それを後悔した事はありません。私が永遠の命を望んだのだって、もう一度母さんに会いたかったからです。父さんと母さんと、あの頃のように三人で芋を焼いて、母さんの膝枕で眠る父さんが見たかったから……私は望んで今ここに居るんです。そんな事、もう二度と言わないでください」  零れそうになる涙をカールは堪えた。本当はカールだってもっと子どもで居たかった。友人と遊んだり、家族で笑い合ったりしたかった。色んな所にも行きたかった。  でもそれは今からまたやればいい。そう思ってここまで来たのだ。  そんなカールを見てアンソニーは申し訳無さそうに、けれど安心したように笑う。 「そうか……ありがとう、カルロス。君はやっぱり僕の、僕たちの自慢の息子だ。ああ、ほら見えてきたよ」  今にも泣きだしそうなカールの頭を撫でたアンソニーが前方を指差すと、そこには足を庇いながらこちらに向かって手を振るニコラが見えた。その隣にはヒヤヒヤした様子でそんなニコラを支えるアランが居る。 「どうやら結界から出てきてくれたようだ。さあ休憩だ、皆!」  アンソニーが声を張り上げると、騎士たちは声を上げてスピードを早めだした。  そこへ、突然何やら空から不穏な歌とも言えない奇妙な旋律が鳴り響いた。  新しい刺客かと思いアンソニーが振り返ろうとしたその時、目の前のアランが叫ぶ。 「皆さん! 目を閉じてください!」  アランは力いっぱい叫ぶと、興味津々で空を見上げようとするニコラの目を後ろから塞ぐ。 「えー! 見たいのに!」 「駄目です! 目まで潰れたらどうするのですか! いいから通り過ぎるまで大人しく目を閉じていてください!」  アランは無理やりニコラの目を塞いだまま固く目を閉じた。 「我が推し、キャロライン様~るるる~推しの居る所に我あり! この命、推しの為に使いますぞ! うん、いいなこのフレーズ。しっくり来る!」 「ギュ!」 「……アリスさん?」  アリスはこちらが見えて居ないのか、呑気に大音量で歌を歌いながら進んでいく。時々歌詞の中にキャロラインの名前が聞こえてくるが、地底から響くようなドスの利いたメロディーとハッピーな歌詞が驚くほどチグハグだ。時折響くドンの咆哮も相まって、何とも言えない空気になる。  やがて光はゆっくりと去っていき、アリスの歌も次第に聞こえなくなっていく。 「はぁ……あれは何て魔法――」  言いながら目を開けたアランは、先ほどまでウヨウヨしていた人形たちがすっかり消えてしまっている事に気付いて目を丸くした。 「き、消えてる……」 「アラン! これは一体何事だい?」  アランの言う通り目を閉じてやり過ごしたアンソニーとカールが拠点に駆け寄ると、アランとニコラも首を傾げている。 「君でも分からないのですか?」 「分かりません。ただ分かるのはアリスさんとドンだったなって事ぐらいです」  そう言って視線を伏せたアランにアンソニーもカールもニコラでさえも目を見開く。 「あの光量の中でよくアリスだって分かったね」  感心したようにアンソニーが言うと、アランはすぐさま首を振って真顔で言う。 「いえ、歌がアリスさんだったので。ついでに合いの手がドンでしたからあの二人かな、と」 「……歌……あれ歌!?」 「はい。歌詞の所々に「おお、我が推しキャロライン様」とか「推しの為ならこの命!」とか言っていたので間違いないかと」  途中ちゃっかりセリフを挟むのもアリスらしい。アランが笑顔で言うと、それとは裏腹にアンソニーとカール、そしてニコラは引きつっている。 「じ、地獄の歌かと思った」 「僕もだよ。とうとうここまでかと思ってしまったよ」 「新たな刺客が現れたのかと思って思わず構えてしまいました……」  三人の言葉に控えていた騎士たちも青ざめて頷いているが、そんな中、アランだけは何故かとても嬉しそうだ。 「どうして笑っているんだい?」 「え? ああ、いや、もう本当に終わりだなと思って。ほら、あの強烈な光で人形が一掃されてしまったようです」  辺りを見渡すと、真っ暗な闇の中でアオサギが淡く光りながらエネルギーを回収しているのが見えた。
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