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『エピローグ』
生物達が戻ってきて、星はまた賑やかになった。地上と地下に溢れ返る生物たちの音を聞きながら、上機嫌で今日も星は回り続ける。
以前は誰も入ることを許されなかった星の核は、今は英雄たちを始め、色んな人達がちょくちょく遊びにくるようになって星は寂しくなくなった。
「それでね、オズったら私の水着を見て凄く驚いた顔するの! ちょっと前まで裸だったのに変なの!」
『少しだけ布がある方がもしかしたら恥ずかしいのかな?』
「分かんない。そうだ! ディノがね、あの四季の庭を戻そうかって言ってた。もちろんもう若返ったりはしないようにするみたいだけど、どう思う?」
『良いと思う。あの部屋が賑わっていた頃みたいになるといいな』
「ほんとだね!」
リーゼロッテはそう言って核の真ん中に寝転がりながら口元を抑えて笑う。イメージとしてはお父さんのお腹の上で寝転ぶ子どものような感じだ。
「リゼ、食べ物持ってきた。次はどこ行く?」
「オズ! ありがとう。そうだな~……寒い所に行ってみたいな。星のおすすめはどこ?」
『寒い所ならやっぱりネージュかな。リー君達の所。美味しい物も一杯だって聞いたよ』
「へぇ、いいな。それじゃあ次はそこにするか」
「うん!」
美味しい物が一杯と聞いてリーゼロッテは顔を輝かせながらオズワルドが持ってきた食事を見てゴクリと生唾を飲み込んで手を合わせる。
「美味しそう」
「ああ。アリスの新商品だってさ。カツ丼って言うらしい」
「アリスの? だったら絶対に美味しいね! これもレトルト?」
「いや、まだ試作だって。前の約束がまだ生きてたみたいだ」
「約束って、あの試作品を一番に試せる権利?」
「そう。あ、美味い」
言いながらオズワルドはカツ丼を食べて珍しく微笑んだ。そんなオズワルドの反応を見てリーゼロッテも一口食べて頬を押さえる。
「お、美味しい!」
『どんな味? 星も食べたい!』
「えっとね、ちょっぴり甘いんだけど、辛さもある気がする。卵が半熟でフワフワで、でもお肉は噛むと肉汁が一杯出てくるよ!」
『そうなんだ。リゼ、ちょっとそこに置いて』
星はそう言ってリーゼロッテがさっきまで寝転んでいた所を光らせた。それを見てリーゼロッテは首を傾げてそこにカツ丼を置く。
『ほんとだ! 好き! これが美味しいっていうのか!』
「えっ!?」
星の言葉を聞いてリーゼロッテが目を丸くすると星がはしゃぎ声を上げて喜んでいる。
『ソラの祝福だよ! 星も五感が分かるようになったんだ』
「凄い! それじゃあこれから美味しい物一緒に食べられるね! でも……全然減ってないよ?」
「あれじゃないか? 味だけ分かるんだろ。口がある訳じゃないから食べる事は出来ないってだけ」
『そう!』
「? どういう意味?」
オズワルドの言っている意味が分からなくてオズワルドを見ると、オズワルドは口の端だけを上げて意地悪に微笑んだ。
「食べてみな?」
「うん……ん? 味が無い……」
『えへへ! ごめん、美味しかったからつい全部食べちゃった!』
「ひ、酷い! 全然味が無いよ!?」
もっと沢山食べたかったのに! リーゼロッテが頬を膨らませると、オズワルドが仕方ないとでも言うようにリーゼロッテの皿に自分のカツ丼を半分入れてくれた。
「薄くはなるだろうがこれで味つくだろ?」
「ありがとう、オズ!」
リーゼロッテはまたカツ丼を頬張って笑顔を浮かべる。そんなリーゼロッテを見てオズワルドも微笑んだ。
「これからはお前の分も作ってもらえるよう頼むよ」
『うん!』
「その代わり残りを俺たちが食べられるように多少は味を残しておいてくれ」
『がんばる!』
声を弾ませた星にオズワルドは肩を竦めてため息をつくと、残りのカツ丼を頬張った。
あの戦争から世界は変わった。襤褸を着て歩いていても今は石を投げられたり店頭で汚いと言って追い出される事もない。
時が経てば分からないが、少なくとも今は全ての生物が落ち着いている気がする。
人々はあの水晶のおかげで飢えに困ることは無くなったし、動物たちは日々の営みの為に今まで通り狩りをしていて、無益な殺生はほとんど聞かなくなった。
核から出てオズワルドはいつものようにリーゼロッテの手を取ると、地上に出た。
全身で風を、匂いを、光を感じる。そこらかしこから聞こえてくる生命の息吹を聞きながら、リーゼロッテとオズワルドはアリスの新商品について話しながら歩く。
ゆったりとした時間が流れ、リーゼロッテが笑う。オズワルドも笑う。
あの日、奴隷として連れてきたリーゼロッテはいつの間にかオズワルドのかけがえのない存在になっていた。
「ネージュまでどれぐらい?」
「大分かかる」
「大分ってどれぐらい?」
「一週間じゃ足りないぐらい」
「そっか」
「うん」
「疲れたらお菓子買ってもいい?」
「いいよ。俺は焼き菓子が良い。チョコレートと果物が入ってるやつ」
「私はね、ナッツが入ってるのが良い。食材は何がいるんだろう? 一緒に選ぶ?」
「うん」
「寒い所だから途中でカイロも買う?」
「そうだな。防寒着もあった方が良いな」
「オズの魔法じゃ駄目なの?」
「魔法使ったら温度の変化がちゃんと分からないだろ?」
「そっか。そうだね!」
取り留めのない会話にリーゼロッテは嬉しげに答える。オズワルドとまたこうして旅をする事が出来るようになった事が何よりも嬉しい。
「オズ!」
「なに?」
「大好きだよ!」
「うん。俺も」
言葉少なめに返したオズワルドとご機嫌なリーゼロッテは、手を繋いでいつまでも話しながらネージュを目指す。
完
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