下見

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 ダリアは、火曜日休みだ。  他のスナックが月曜日休みが多いので、あえて火曜日休みにしている。  香は、ダリア二号店を考えていた。  けれど、スナックではなく、カフェにしようと考えている。  香は、高校で調理師免許を取得し、結婚するまで旅館の調理場で働いていた。  いつかお店を持ちたいと思っていたからだ。  そんな中、葵の妊娠が分かり、住み込みの旅館の仕事をやめて結婚した。  カフェは、その時諦めた夢だった。  ダリアは、夫を失った悲しみを、ひたすら働ける環境にすることで、心を保つために夜中まで働いていたが、今度のお店は、夢を叶えたい思いがあった。  ダリアと葵が通う高校の間で良い物件がないか、葵が高校に入る前から探し始めていた。  今のアパートは、駅には近いが、高校に行くのは、ダリアより少し遠くにあった。  カフェの物件を探すと決めた時、どうせなら、賃貸ではなく、マンションか戸建てにしようと考えていた。  光と住み始めて一ヶ月たった今、今日になって、広い庭のある2階建ての一軒家を見つけた。  家の北側が少し大きな公園で緑があふれ、家の西側が畑になっているので、隣の家は離れている。  反対の東側は、公園へ続く遊歩道だ。  駅は今までより10分ほど遠くなるが、のんびりした周りの雰囲気も、香は気に入っていた。  建てられてから、5年ほどしか経ってない家だけれど、地元を離れたくないと言う親の介護で、遠方へ引っ越したそうだ。  夫婦二人暮らしだったそうだが、離れた子ども達と集まったり泊まらせたくて、広めの家にしたと聞き、内覧してみたら、思っていた以上に気に入ってしまった。  一階はリビングダイニングと和室が扉で仕切られてるだけの広い空間と、6畳の寝室と水回り。二階は3部屋とトイレがあった。  そして外には広い庭が広がり、駐車場も前の住人の来客が多いからか、6台置けるようになっていた。  そんな家を見渡し、香は、 『私の寝室は一階』 『子供達は二階で、二階の空いてる部屋に光のやりたいトレーニングの機械を置いて、そばにソファを置いて…』 『庭にはカフェを作れたら…』 と、そんなふうに想像を膨らませてワクワクしていた。 「よし!ここにしよう!」 「カフェもここに作ろう!」 と決め、一緒に内覧していた不動産屋の人に契約を申し出た。  そして夕方、香は葵の高校の隣にある通信制の学校に来ていた。  光を預かる手続きをした時、市の職員の人から、この通信制の学校案内パンフレットを香はもらっていた。  最近の光は、少し表情が出てきた。  笑わないのは変わらないが、目が、楽しい時や困った時、周りがその目で何となく分かるくらいになっていた。  外出も、小林の部屋に時々行き、ベンチプレスを使わせてもらっているようだ。  相変わらず話せないが、紙に書いて意思表示をしてくれる時もある。  そして、その書いた字が、上手くはないのだが、中学にほとんど行っていないのに、難しい漢字が書けたりしていて、自主的に勉強をしていたようにみえた。  気になって聞いてみたら、 『図書館で勉強してた』 と紙に書いて教えてくれた。  だから香は、様子を見て学校へ通わせたいと思っていた。  学校で話を聞き、こちらの事情を相談すると、先生から、 「年間で決められた日数は来ていただく事になりますが、リモートやメールでの授業も可能です」 「うちの学校は、学期途中からの入学が可能なので、もし今の時期に手続きするようなら、夏休み明けの二学期から通学可能です」 と、言われた香は、光と話してまた連絡することを伝え、学校を出た。  そして、隣の高校に登校していた葵と待ち合わせて、一緒に帰ることにした。 「どうだった〜?」 と葵は、香に問いかけた。 「ん〜、私は良い感じだと思うんだけど〜」 と、香が答えた。  香の言葉を聞いて、葵は、 「私の教室から隣の高校の校庭とか見えるんだけど、年齢もバラバラな感じだけど、楽しそうだよ〜!」 と伝え、少し考えて、  「光が学校行きたくなったら、私と通学も出来るね!」 と言いながら、香に葵は笑いかけた。  葵の笑顔を見るたび、香は光に心の中で感謝していた。  私だけでは、こんな笑顔見れなかった… と…。   香は、今の幸せを噛み締めながら、光の事を考えていた。  
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