新たな門出

1/1
前へ
/42ページ
次へ

新たな門出

 翌週、通信制の高校の見学に、光と香は来ていた。  建物の中を案内されてる間、光は教室を覗いたり、すれ違う人を眺めたりしていた。  そして、来客用の部屋に案内され、香と光の前に、校長先生と学校主任の近藤先生が座った。 「ご覧になって、いかがでしたか?」 と近藤が、香と光に問いかけた。  香は、光の方を向き、 「どうだった? 良かった?」 と聞くと、光は頷いた。  その様子を見た近藤が、 「光君、この学校、来るかな?」 と優しい顔で問いかけると、光は、近藤の方へ顔を移し、大きく頷いた。  そして、光に、 「筆記は出来るんだよね?」 「勉強がどれくらいか、テストしても良いかな?」 「あと、少しだけ先生と二人だけで、筆記で良いから話せるかな?」 と問いかけると、光は頷いた。  見学する事を伝えた時、 「入学するとなった時に、どのくらいの勉強が出来るかをテストさせてください。」 「あと、面談が出来そうだったら、お願いします」 と、近藤から事前に香は言われていた。  光にもその時に伝えていたので、香は、カバンから筆記用具を取り出し、光に手渡した。  そして、1時間ぐらい過ぎた頃、別室で待っていた香の部屋に、光と近藤が現れた。   近藤の目が泣いたように腫れていた。 「光君、今までホントに頑張りましたね」 と、香に言ってきた。  そして、光を椅子に座らせ、 「光君、ちょっと待ってて」 「お母さんに説明する事あるから」 と、光に伝えると、香を部屋の外へ連れ出した。 「ホントは保護者の方にお見せすることの無い用紙なのですが…、どうしてもお見せしたくて、校長の許可を経てコピーしましたので、光君のいない所で見てもらいたいです」 と言いながら近藤は、封筒を香に手渡した。  香は戸惑いながらも受け取り、また入学書類を届ける話をしてから、光を連れて家へと帰った。  そして、その夜、子供達が寝たあと、近藤から受け取った用紙を開いてみた。  1、あなたの家族は何人ですか? その問いに、 『家族とは?』 と光が書いたであろう文字があった。  そして、その下に 『父さんは嫌だ』 『じいちゃんやばあちゃんとは会うと父さんに殴られるから会えない』 と書かれていて、その下に、 『香さんと葵は、もっと一緒にいたいと思う、それは家族?』 と書いてあった。  香は、光の気持ちが嬉しくて涙が溢れた。  直接聞いたことの無い光の想いだったからだ。  その下に、 2、どんな子でしたか?の問に、 『何も考えちゃいけない』 『母さんが出ていった時、もう生きられないんだと思った』 と書いてあり、その下に、 『あんなに殴られたのに、なんで僕は生きてるのか不思議だった』 と書いてあった。  その時、先生が何か問いかけたのだろう…  その下に、 『僕が逃げたら、誰かが殴られる』 『ばあちゃん達にも会いたかったけど、殴られるから来てほしくなかった』 『誰にも来ないで欲しかった』 と書いてあった。  涙が止まらない香は、ハンカチで涙を拭きながら、続きを見ていった。 3、夢ややりたい事がありますか?の問に、 『香さんと葵に何か出来たら』 と書いてあり、また先生が何か言ったのか、 『二人が嬉しいことしたい』 と、付け加えられていた。  そして、最後に、 『ぼく、話せるはずなんです』 『母さんに、喋ったらもっと殴られると言われた時から話さなくなった』 『そしたら言葉を出せなくなってた』 『いつか香さんと葵と話したい』 と書かれていた。  香は、読み終わったその用紙を大事に抱きしめて、子ども達に聞こえないよう、声を押し殺して、しばらくの間泣いていた。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加