初めての登校

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初めての登校

翌日、香と光は電車に乗り、学校へ向かっていた。 「私、あなたより葵が心配だわ」 と、香は電車の外の景色を見ながら呟いた。  光が、香の横顔をじっと見つめていると、 「だって、私より保護者でしょう?」 と外の景色を見たまま笑って言った。  光も思っていた。  光が何をするにも葵は心配する。  誰かにこんなに毎日大事にされる事が無かった光は、時々葵の行動に戸惑っていた。  でも、それは、嬉しい戸惑いだった。 「光…、うちに来てくれてありがとね」 と、香は光の方を向いて伝えた。  光は、思わず下を向いた。 『おかしい…、涙なんて枯れたはずなのに…』  父親にどんなに殴られても泣けなかった。  なのに、今の香の言葉に涙が溢れた。  静かに下を向きながら泣いてる光の肩を、香はそっと抱きしめ、外の景色を眺めていた。  授業中、静かな校庭。  校門をくぐり、歩く足音だけが響いていた。  昇降口で、学校主任の近藤が待っていてくれた。 「お待ちしていました!」 と、笑顔で香と光に声をかけ、校舎の中を歩いた。  各クラスの前を通り過ぎる度、少しざわめきがおきる。  光は、自分を見て騒いでいるとは思わなかったので、 『どのクラスも、こんなに歓喜の声が出る授業なんてスゴいな…』 と、感心していた。  そして、光のクラスには、10人ほどの年齢もバラバラな生徒達がいた。  目の前に、先生らしき人が立った。 「はじめまして!私が担任の内山です」 「うちのクラスにようこそ!」 と、内山は笑顔で挨拶をした。  光は頭を下げた。 「このクラス、これで全員なんだ!」 「皆で仲良くやろうな」 と、クラスの人を見回し、皆に話した。  このクラスは、特に人数が少なく年齢が高い人が多かった。  ここ最近の女の子達の騒ぎ方を先生たちも気にしてくれて、少人数のクラスにしてくれていた。  まずは3月までこのクラスに居てみて、学校に慣れさせてあげたいと先生達が考えた結果だった。  光は、クラスの人を見渡した。  皆、優しい眼差しで光を見ていた。  クラスの生徒達には、光が話せないことを内山は伝えていた。  そして皆、光が穏やかに高校生活が送れるように見守りたいと思ってくれていた。  葵の教室では… 「聞いた!? 聞いた!?」 「今日イケメン王子、登校したらしいよ〜!」 と、陽子が大声で言いながら、教室へ入ってきた。 『イケメン王子って…、いつの間にか王子がついてる…』 と自分の席に座りながら、葵は思った。 『バンッ!』 と葵の机を叩く音がした。 「ちょっと!葵!反応薄いぞ!」 「本物のイケメンだぞ!!」 と、陽子は真顔で葵に詰め寄った。  麻衣が近づいてきて、 「葵は興味ないんだから仕方ないよ〜」 と、陽子をなだめた。  その姿を見ながら、 『うちの学校でこれじゃあ、光の学校だったら…』 『ホントに大丈夫かなぁ』 と、葵は一人心配していた。  一方、光のクラスでは、休み時間の最中、異様な雰囲気に包まれていた。  香は、別室で授業が終わるのを待っていたが、 『まぁ、光は大丈夫だろう』 と気楽に考えていて、本を読んでいた。  休み時間、女子達が光のクラスに押し寄せた。  だが、ドアが開かない。 『えっ? なんで?』 と思っていたら、中から鍵をかけていて、しかも、光の席を周りで取り囲み、ドアの外から光が見えないようにしていた。  その光の机では、光の前の席に座る立花という、40代の男性の生徒が光の方へ体を向けて、勉強を教えていた。  なので、光は守られている事に気付いていなかった。  休み時間が終わり、先生が来ると、急いで鍵を開け皆が席に着いた。  その様子を見て、内山は笑いながら、 「そこまでしなくても〜」 というと、立花は、 「いや、最初が肝心です!」 「これが何回も続けば、休み時間に見に来る人はいなくなります!」 と、真顔で答えた。   周りのクラスメートも頷いたが、光だけは、皆が何の話をしているのか分からなかった。  香のいる部屋へと光がやってきた。 「楽しかったかな?」 と、香が聞くと、光は大きく頷いた。  その顔を見て嬉しくなった香は、 「行きたいとき、また言ってね」 「少し慣れたら一人で行こうね」 と伝えると、光は力強く頷いた。 『この調子なら、一人で学校もすぐに行けそうだわ』 と香は思った。  
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