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苛立ち
『バタン!』
大きな音を響かせて、葵は自分の部屋のドアを閉めた。
「はぁ!? ありえない!ありえない!」
葵は、小さな部屋を行ったり来たりしていた。
「何!? いきなり今日から家族って、どういう意味よ!」
と、一人苛立ちを隠せない様子で呟いた。
「とにかく、今日から家族なの」
「名前は、佐々木光(ヒカル)」
「あとはおいおいね」
と香は葵に言い、一緒に来た子にコンビニの袋を手渡しながら、
「お昼は、ここで食べて」
「あの部屋があなたの部屋になるから」
と、ゲスト用の部屋を指差して、そのままベッドへ行ってしまった。
残された葵とその子は無言のまま立ち尽くしていたが、葵は、我に返り、パニックのまま自分の部屋に戻ったのだった。
葵と香は、仲の良い親子…という感じでは無い。
葵が小学六年生の時に、父親が病気で亡くなり、二人きりの生活になった。
亡くなる前しばらく、自宅療養していた父親は、体調が良い時、葵に手料理を振る舞ってくれていた。
『葵と料理がしたい』と笑いながら、一生懸命料理をしてくれる父親が葵は大好きで、いつもそれを手伝い、二人で料理をしていた。
香はその頃、休みの日も、夜もほとんど居なかった。
なので、葵と香は、二人で居たことが無かった生活から、二人だけの生活になった事に、戸惑い、ぎこちない関係性のまま、今に至っている。
夫を亡くした香は、騒がしい夜の街にいる事で、その寂しさを埋めるように、スナックのママへと仕事を変えた。
スナックのママという肩書は、葵を苦しめた。
中学では、それをネタにイジメられた。
普通なら塞ぎ込む所だけれど、葵は違った。
イジメられただけ、強くなってやる!と思っていた。
必死に生きようとしてくれた父がいた。
それが、葵を強くしてくれていた。
中学のイジメも、卒業式を迎える頃には、そのイジメていた子達と仲良くなるまで関係が変化していた。
イジメられても負けない強さに、イジメが少しづつ減っていったのだ。
それでも、全ての人と関係が良くなった訳では無かったので、葵は、少し遠くの同じ中学の人が少ない高校へと進学した。
何よりも、その高校のスローガンは『自分らしく』であり、校則も他の高校よりも自由な所が葵は気に入っていた。
入学してみたら、みんな優しい子達ばかりで、葵は高校生活を楽しんでいた。
でも、そんな楽しい日々の中でも、時々父親が恋しくなると泣きたくなる事もある。
今日みたいな日…。
戻った部屋の中、苛立ちが落ち着いた葵はベットに腰を下ろし、父親の写真を見つめた。
「お父さん…」
「お母さん、何考えてるんだろうね…」
「私…、お父さんに会いたいな…」
と、葵は父親に会いたい想いが込み上げて、堪えきれない涙を流しながら、父親の写真を眺めて呟いた。
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