暗闇の中

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暗闇の中

  最悪なクリスマスが過ぎ、光の居ない年越しを迎えた。  あれから、一言も話さない葵。  話さないだけならいい。  笑わないしご飯もほとんど食べない。  そして、眠れないのか顔色もどんどん悪くなっていく姿に、香は恐怖にさえ思えた。  香も眠れないし食欲もない…。  でも、葵が心配で自分の体を気に掛ける余裕も無かった。  葵は時々光のベッドで寝ていた。  光の匂いが残るベッドは、葵を少しだけ穏やかな気持ちにさせてくれた。  香には、光のシーツを洗わないでと頼んでいた。  でも、目を開くと光の居ない現実があり、その現実に余計辛くなってしまっていた。  葵は、学校にも行けなかった。  友達と話すのも辛い。  隣の学校を見るのも辛い。  何をしても辛いとしか思えなかった。  香も無理に学校へ行かせようとはしなかった。  どんなにイジメられても、『負けるもんか!』と強気でいた葵の初めて心が折れた姿に、香は、黙って見守ることしか出来なかった。  葵の高校では、陽子と麻衣が沈んだ顔で座っていた。  葵が始業式から一週間も休んでる。  メールも既読はつくが返信がない。  担任に聞くと、 「事情はよく分からないが、心が弱ってるそうだ」 と言っていた。  これには、陽子も麻衣も最初は腹が立った。 「友達なのに、なんで相談してくれないの?」 と。  けれど、連絡が取れない日が続くたび、どんな辛い事が起こったのか…と、不安ばかりが押し寄せた。  そんな思いは、陽子達だけではなく、葵を知る学年の子達皆が思い始めていた。  そして、家に行こうという案もあったが、先生から止められ、ただただ葵を待つ日が過ぎていった。  陽子は、 「そうだ! 明るいメールなら逆に返信くるかも!!」 と思い、クラスで相談して内容を考えた。  そして思いついた内容が、 「まだ休むのかい?隣の学校のイケメン王子は学校来てるぞ〜!」 だった。  陽子は、 「くだらなくて、何か返信あるかな…」 と、少しの希望を持ちながら、葵からの返信を待っていた。  光は、祖父母の家から出ず、ずっと部屋に閉じこもっていた。  見兼ねた祖父が、 「なぁ、ユウキ、頑張って学校行ったんだろ?」 「ちゃんと続けなきゃ、あれだけユウキを大事にしてくれた佐々木さんに申し訳無いと思わないか?」 と問いかけると、光はしばらく考えて、 『学校行く』 と携帯に文字を打って祖父に見せた。  光は、使わせてもらってる部屋に戻ると、 『学校へ行ったら、葵に会ってしまうかな…』 『遠くからでも見たい…』 そう思いながら、また携帯に入ってる葵の寝顔を見つめていた。  葵は無気力のまま過ごしていた。  そして、なにげに携帯に目をやると、陽子からのメールが来ていた。 『話せなくて…ごめん』 そう思いながら、携帯を開いてメールを見ると、飛び上がった。 「イケメン王子が学校に来てる…?」 「光…、学校行ってるの?」 と思った葵は、思わず 『その王子、いつ来たの?』 と返信していた。  帰りの会が終わり、陽子が何気なく携帯を見ると、葵からのメールが来ていた。 「葵からきたぁ!」 と叫ぶと、帰ろうとしていた子達も皆、陽子の席に集まった。 「何だって?」 「元気なの?」 「大丈夫なの!?」 と、口々に陽子へ聞いてくるが、陽子はメールの内容を見て黙り込んだ。 「王子、いつ来たの?だって〜!」 と皆に伝わるように大きな声で言うと、皆が黙ってしまった。  葵のこの反応の意味が分からなかった。  とりあえず、隣の学校に詳しい子に話を聞いて、 『今週2回来てて、金曜日も来るらしい』 と、また葵にメールを返すと、すぐに既読にはなったが、返信はなかった。  …誰もが思った。  葵は金曜日学校に来るのでは…と。  金曜日、案の定葵は学校に来た。  だが、誰も寄せ付けない暗い雰囲気だった。  陽子も、話しかけたけれど、 「うん…」 と下を向いたままで、よく見ると寝ていないのか、顔色も悪く倒れてしまいそうだった。  そして、下校時間。  葵は急いで外へ走った。  倒れそうな体であんなに走るなんて!! と、陽子と麻衣は心配になり急いで追いかけた。  葵は、隣の校門近くで立っていた。  そして、光が校門から出てくると、葵は、 「ひかる〜!」 と、大声で泣きながら叫び、光の胸の中に飛び込んだ。  そんな取り乱した葵の姿を初めて見た陽子たちは驚いた。  校門の前で、イケメン王子と呼ばれている光にすがりつく姿は、みんなの注目の的だった。  葵は、そんな周りを気にすることができず、ただただ光に気持ちをぶつけた。 「なんで帰ってこないのよ!」 「光は悪くないじゃん!」 「怪我した私が悪いんだから、光は悪くない!」 と、泣きながら叫び、 「帰ってきて…」 「お願い…」 と、今度は苦しそうに静かに泣き出した。  泣いている葵を、言葉で慰めることが出来ない光は、ただただ葵を抱きしめた。  そんな二人の姿は、現代版のロミオとジュリエットのようで、その切ない雰囲気に、事情がよく分からない中でも、涙を流す女の子たちも居た。  陽子と麻衣は、 「とにかく、あの二人をここから連れ出そう」 と、野次馬が増えていくのを見て思った。  そっと葵の所へ行き、陽子たちを見て我に返る葵の手を引っ張り、 「行くよ!」 と声をかけ走り出した。  そして、光にも 「逃げるよ!」 と言って手招きした。  光は頷き、その後に続いた。
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