想い

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想い

 しばらく走った、葵と光と陽子と麻衣。  通学路を外れた小さな公園まで走ってきた。 「はぁ、はぁ、はぁ…」 と息を切らし、しゃがみ込む葵。  光は黙って葵の肩を抱き、葵の顔を心配そうに覗き込んでいた。  その光の姿に、 『光が目の前にいる。 夢じゃないんだ…』 そう思いながら、光の胸に頭を埋めた。  陽子と麻衣は、葵が止まったのに気付き振り返ると、しゃがみ込んで光の腕の中に居る葵を見て、胸が痛んだ。  葵の恋愛を見たことの無い戸惑いと、こんな風になるほど辛い事があったのか…という切なさがあった。  静けさの中、陽子が三人に、 「こっち来て」 と言い、ゆっくりと歩きだした。  麻衣は葵に駆け寄り、光とは反対側の腕を支えて、陽子について行った。  その頃、香の携帯には、学校の先生から連絡が来ていた。  そして、少し前に、葵が隣の学校の生徒に抱きつき騒ぎになった事を報告された。 「休んでいた翌日の出来事なので、葵さんの精神面が心配になりまして…」 と、先生から言われた香は、 「ご報告、ありがとうございました」 「葵と話してみます」 と言って、電話を切った。   『二人とも、大丈夫かしら…』 と、香は心配になりながらも、二人が会えたことが嬉しく思えた。  陽子の後について行くと、古い大きな家の前で立っていた。 「ここ、私の家」 と、陽子は言った。  そして、 「二人には、『ジャジャーン! ここ私の家! 学校からメチャ近くて驚いたでしょ?』ってな感じで初自宅連れてきたかったから、ちょっと微妙…」 と、両手を広げてジェスチャーを交えながら話した。  高校から仲良くなった3人は、それぞれがどこに住んでいるのか知らなかった。  陽子は、祖母が住んでいたこの家が大好きだったので、二人にお披露目したかった。  そしてこの家で、 『素敵な家! 学校近いのも羨ましい!』 と言ってもらいたくて、あえて話していなかった。 「過ぎた話は仕方ない、さぁ、上がって」 と言って、家の中へと招き入れた。  両親は仕事で居ないようで、静かな広い畳敷の部屋に通され、座卓の前に座るよう伝えると、陽子はお茶を入れに台所へ行ってしまった。  三人は並んで座卓の前に座ったが、麻衣が視線を移すと、光の腕のあたりの服がクシャクシャになるくらい握りしめている葵がいた。 「葵、彼が逃げ出したら、私と陽子が捕まえるから、安心して手を離しな」  と、優しく葵に話しかけると、葵は無意識だったらしく、『ハッ!』とした顔をして手を離し、膝の上に手を乗せた。  その様子を見て、麻衣はまた気付いた。  二人の手が、冷え切っている事に…。  麻衣は、両ポケットに1つずつ入っていたホッカイロを、葵と光の方へ差し出した。 「ありがとう」 と言って、葵はホッカイロを両手で包んで自分の手を温めていた。   それを見ていた光は、自分の手の中のホッカイロを葵の手の甲に乗せ、自分の手を置き葵の手を温めようとしていた。  葵を心配そうに見つめる光に、麻衣は胸が痛くなった。  そして、陽子がお茶を持って現れた。  静かな部屋で沈黙の続く中、四人はお茶を静かに飲んでいた。  陽子と麻衣は、葵が話をしてくれるのを待った。  正直、光から話してくれてもいい。  とにかく、今のこの状況が何なのか知りたかった。  そんな中、葵が、 「話す前に、トイレ行きたいんだけど…」 と言ったので、陽子はトイレの方向を指差した。  葵はチラッと光を見て、立ち上がり、 「どこにも行かないでね」 と、光に言った。  そして、陽子達を見て、 「ごめん、ちょっとトイレで落ち着いてくるよ」 「あと、光話せないけど、相づちとかジェスチャーでなら返事するから」 と言ってトイレに行ってしまった。  陽子と麻衣は、目を合わせた。 「…話せないとは?」  二人は光にどう話せばいいのか分からなくて、無言になってしまった。  一方の光は、おもむろに携帯を取り出しメールを打っていた。  トイレから戻ってきた葵は、光が携帯を手に持っていることに気付き、光に詰め寄った。 「今、お母さんにメールしたでしょ!」 「迎えに来ても、光が一緒じゃなきゃ帰らないから!」 と言って、光の携帯を取り上げた。  また冷静さを失った葵に、陽子と麻衣は戸惑い黙って見守るしか出来なかった。  静けさの中、バイブ音が鳴り、葵は光の携帯を開いた。  そして文字を読んだ。 「やっぱり、迎えに来てってメールしたんだ!」 「でも、お母さんから、光が連れて帰ってきてってさ!」 と、泣きながら葵は光に言った。  光は黙って葵の顔を見つめていた。  そして通学カバンから、ノートと紙を出した。  そして、そのノートに、 『僕がいたら、葵を苦しめる』 と書いた。  陽子と麻衣も、そのノートに光が書く文字に釘付けになった。  葵は、 「苦しまないよ!」 と叫んだ。  そんな葵を見て、光は 『父さんがまたきっと来る』 と書いて葵を見た。  そして続けて、 『葵を守りたい』 と書いて、また葵を見つめた。 「光がうちに来た日にね、私誓ったの、光を守るって…」 「なのに、私が怪我をしたせいであなたを傷付けた…」 「私はあなたを傷つけた事が何よりも辛かったの…」  と言って、葵はまた泣き出してしまった。  陽子と麻衣も、涙が止まらなくなった。  詳しくは分からないが、それでも二人が、互いを思いやり慈しむ姿に胸を打たれた。  泣く声が響く部屋の中。  陽子が、流れる涙を拭きながら、 「ねぇ、そんなに想い合ってるならさ、傷つけたって思ったそれ以上の愛情で相手を思ってあげればいいんじゃない?」 と言った。  皆が陽子に目をやる。 「…だから、相手を傷つけたなら、今よりもっと愛して、大事にしてあげればいいんじゃないの?」 「大切な人なんでしょう?二人ともさ」 という陽子の問に、光も葵も頷いた。 「大切なら、二人でいれば大丈夫だよ!」 「私らだって味方だし!」 と、陽子は笑って伝えた。  麻衣も、すかさず、 「そうそう!私らもいる!」 「二人は二人だけじゃない!」 と言って、隣の葵の肩に触れた。  葵は、泣きながら、 「ありがとう…」 と言い、光の方を向き、 「ねぇ、光…、悲しい思いのまま離れるのは、辛いよ」 「自分を責めないで…そばにいてよ…」 「一緒に強くなってこうよ、ね?」 と、光に伝えると、光は静かに泣いていた。  それを葵は抱きしめた。  そして、光に葵は言った。 「私と一緒に帰ってくれますか?」 と。  光は黙って頷いた。  それを見て葵は嬉しくて、もう一度光を抱きしめた。  陽子と麻衣は、その姿を見て、心から嬉しく思った。
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